誰も見ていないのに、なぜ僕らは赤信号で立ち止まるのか?

誰も見ていないのに、なぜ僕らは赤信号で立ち止まるのか?

 

私たちは毎日、意識しないうちに暗黙のルールに従って生きています。

深夜の交差点で誰もいないのに信号が青になるまでじっと待ち続けたりします。

ふと我に返って改めて考えると、自分はなぜこうしているんだろう、と不思議に感じることもあります。

 

英国ノッティンガム大学の研究者たちは、このささやかで興味深い疑問を解明するために、「CRISP」という枠組みを使って評価を行いました。

「CRISP」とは、人々がルールに従う理由を説明するための枠組みで、「ルール自体への内的な敬意(Respect for rules)」、「外的な報酬や罰則(Incentives)」、「周囲からの社会的な期待(Social expectations)」、「他者への配慮や思いやり(Preferences, Social)」の頭文字を取ったものです。

彼らが行ったオンラインの実験(主に英語を話す文化圏の参加者を対象)では、参加者は画面上で赤信号や指定された待機場所で一定時間を待つように指示されました。

その間、報酬は徐々に減り続けます。にもかかわらず、55%から70%の人々が静かにそのルールを守りました。

 

なぜ彼らは、報酬が減っていくのを我慢してまで待ち続けたのでしょうか。

理由のひとつは、人が心の奥深くに抱えているルールそのものへの敬意、あるいは静かな義務感のようなものでしょう。

また、「きっと周囲も守っているだろう」という社会的な期待も、私たちの背中をそっと押しています。

興味深いことに、他の人がルールを破る様子を目にすると、自分もつい破りやすくなります。

それでもなお、多くの人が静かに、しかし確固としてルールを守り続けました。

周囲が皆ルールを破った場合でさえも、約28%の人は淡々とルールを守ったのです。

 

さらにこの研究では、ルール違反によって慈善団体への寄付が取り消される状況を設定したところ、ルールを守る人が約7%増加しました。

一方、違反者に対して厳しい罰則を設けた場合でも、ルールを守った人は最大で約78%でした。

つまり、外的な強制力よりも、人々の内面にひっそりと宿る敬意や社会的な期待の方が、私たちの行動に強く影響を与えることもあるのです。

 

ルールを守るという私たちの行動は、単純に罰や報酬だけで説明できるものではないのかもしれません。

深夜にじっと信号を待つ自分自身に気づいたとき、私たちの中にある静かでささやかな何かを感じ取ることがあります。

そんな瞬間は、人生において小さな、けれども確かな喜びになることでしょう。

 

参考文献:

Gächter S, Molleman L, Nosenzo D. Why people follow rules. Nat Hum Behav. Published online May 26, 2025. doi:10.1038/s41562-025-02196-4

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。