2019年の冬、新型コロナウイルスが私たちの日常を突然奪い去りました。
コロナ禍のことなんか今さら思い出したくもない、という人は多いと思います。
けれど、あの状況を乗り切った私たちの経験と知恵は、今だからこそ振り返って検証しておかなければなりません。
特に外出を控え、人と会えない日々を強いられた高齢者や認知症(神経認知障害:NcD)の方々にとっては、それは深刻な問題だったのです。
孤立することが、心や身体にゆっくりと影響を及ぼしていました。
そんな状況の中、アメリカのシカゴでは、人々をオンラインでつなぐユニークな試みが始まりました。それが「グループ歌唱プログラム」です。
このプログラムには二つのタイプがありました。
一つは誰でも親しみやすい歌をみんなで楽しむ「シングアロング」。
もう一つは少し本格的で、新しい曲を練習し、最後にはオンラインで成果を披露する「合唱プログラム」です。
研究チームがアンケートで調べたところ、参加者のほとんどがこのプログラムにとても満足していました。
オンラインでも人と一緒に歌うことで、心も体も元気になれるという結果が出たのです。
特にシングアロングの参加者は、昔よく聞いた懐かしい歌を口ずさむことで、過去の幸せな記憶が蘇り、深い感情的な満足感を得ていました。
一方、合唱プログラムでは、新しい歌を覚え、声を重ねていくことに知的な刺激を感じ、充実感や達成感を強く感じていました。
ただ、NcDの方々の場合、社会的なつながりに関する満足感は少し低めでした。
その理由として、オンラインの操作が難しかったり、画面越しのコミュニケーションでは対面のような温もりを十分に感じられなかったりという問題がありました。
しかし、歌そのものの喜びや効果については十分に実感できており、家族やスタッフによるサポートが技術的な問題を乗り越えるのにとても役立ったと報告しています。
これから先を考えると、地域の高齢者施設や公民館などにバーチャル合唱やシングアロングを取り入れることは一つの選択肢となります。
自宅からでも安全に参加できるような場を増やし、オンラインプログラムへの参加を助けるためのデジタル機器の使い方を丁寧に教えることも必要でしょう。
とはいえ、音楽の力が何もかも解決する魔法ではないことは私たちもよく分かっています。
けれど、世界が突然変わってしまったような瞬間に、小さな歌声が心にぽっと灯りをともすことだってあるかもしれません。
その小さな歌声を拾い集め、つないでいくことができれば、やがて私たちの毎日はほんの少し豊かになっていった―そんなことを実感する研究でした
参考文献:
Bonakdarpour B, Schafer R, Takarabe C, Barbieri E, Miller J, Miller SS. Virtual group singing programs for well-being in healthy older adults and persons with neurocognitive disorders during early COVID-19 pandemic: A perspective from Chicago. Journal of Alzheimer’s Disease. 2025;0(0). doi:10.1177/13872877251333155

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。