日々の暮らしには、どこか心を穏やかにしてくれる場所が必要です。それは特別なものでなくても構いません。
例えば、古くから日本人に愛されてきた日本庭園のような場所でも。
最近の興味深い研究によれば、日本庭園を静かに眺めることで心が落ち着く理由は、「視線のリズミカルな動き」に隠されていることが分かりました。
京都市の無鄰菴(むりんあん)という美しい庭園を使った実験が、この新しい視点を提供してくれました。
実験に参加したのは、庭園デザインを学ぶ学生が9名と都市計画を学ぶ学生が7名の、合計16名の大学生でした。
彼らは二つの庭園をそれぞれ7分間眺めました。
一つは丁寧に管理された無鄰菴、もう一つは京都大学のキャンパス内にある、あまり手入れが行き届いていない庭園でした。
すると興味深いことに、無鄰菴を眺めたとき、参加者の心拍数は平均で約5%ほど穏やかに低下しました。
一方、京都大学の庭園では逆に心拍数が少し上がってしまったのです。
では、無鄰菴にはいったい何があったのでしょうか。
鍵となったのは、視線の動きでした。
無鄰菴を眺めている間、参加者の視線は頻繁に、まるで何かを探すように庭園を左右に広く動いていました。
ところが、もう一つの庭園では、大きな木が視界をふさいでいたせいか、視線は一ヶ所に集中しがちでした。
実は、この広く素早い視線の動きは、心理療法の一つであるEMDR(眼球運動による脱感作および再処理療法)の手法と似ています。
EMDRでは眼球を左右に動かすことでストレスを和らげると言われています。
さらに、この視線の広がりは心理的にも良い影響を与えました。
庭園を眺め終えた後のアンケートでは、無鄰菴を見た参加者のほとんどが「心が落ち着いた」「また訪れたい」と答えました。
特に、庭園に詳しくない都市計画を学ぶ学生たちのほうが、はっきりとしたリラックス効果を感じていたというのも、なかなか興味深いことです。
つまり、庭園の一つ一つの要素が大切というよりも、庭園の全体的な構成やデザインが人の視線をうまく導き、その視線の動きそのものが安らぎをもたらしているのかもしれません。
私たちの日常においても、ほんの少し視線を広くゆっくり動かして景色を眺めてみれば、日常の小さな悩みや疲れが少し和らぐかもしれません。
次に日本庭園を訪れる機会があれば、ぜひそんな視線の動きを意識してみてください。
きっと普段とは違う新しい穏やかさに気づくことでしょう。
参考文献:
Goto S, Takase H, Yamaguchi K, et al. Eye movement patterns drive stress reduction during Japanese garden viewing. Front Neurosci. 2025;19:1581080. doi:10.3389/fnins.2025.1581080

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。