紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
ふとした瞬間に、昔の記憶が静かに心の扉をノックします。
誕生日のケーキの甘さや、友達と旅先で見上げた星空、家族との何気ない会話の端々。
そういった記憶を思い返すと、胸の奥がじんわり温かくなったり、少しだけ切なくなったりすることがあります。
それを人は「ノスタルジー」と呼びます。
ノスタルジーというのは、「過去への感傷的な憧れや静かな愛情」と言い表されます。
実際のところ、私たちは週に何度もこうした感情に出会っています。
研究によれば、ノスタルジーには、人との絆を再確認させてくれたり、自分自身が過去から現在まで一貫しているという安定感(自己継続感)を強めてくれたり、自分を少し好きになれるような自尊心を育てたり、人生に小さな灯りをともすような役割があることが分かっています。
しかし、ノスタルジーはただ美しいだけの感情とは少し違います。
喜びと悲しみが静かに手を取り合い、ひっそりと共存しているような、そんな複雑な味わいがそこにはあります。
それは、もう二度と戻れないという失われた時間への切ない思いが背景にあるのかもしれません。
今回の研究では、このノスタルジーという感情が、実際に体験した瞬間と、それを後に思い出した時とでどのように変化するのかを丁寧に調べました。
その結果、ノスタルジックな出来事では、当時の強烈なポジティブな感情が後に思い出した際に約15~20%ほど薄まり、その代わりにネガティブな感情が約10~15%ほど強まることが明らかになりました。
たとえば「あの時もっとこうすればよかった」という後悔や、「もうあの頃には戻れない」という孤独感が、記憶の甘さに微かな影を落とすのです。
一方で「感謝」の気持ちだけは例外的に時間が経つほどに深まり、約10%ほど強くなるという面白い現象も見られました。
一般的な日常の記憶では、時間が経つにつれてネガティブな感情は徐々に消えていき、ポジティブな感情が残る「フェーディング・アフェクト・バイアス(FAB)」が見られますが、ノスタルジーはこの流れを静かに逆転させるのです。
また、ノスタルジーが持つ心理的なメリットは、当時の強いポジティブな感情が時間を経てもなお記憶の中で静かに輝き続けることによって生まれるようです。
つまりノスタルジーとは、ただ過去を懐かしむだけではなく、私たちが心の健康を保つ上で静かに、しかし確実に役立っているということなのです。
次にあなたがアルバムをめくっていて、「あの頃は良かったなあ。でも少し切ないなあ」とふと感じたとしたら、それは過去と現在、そして未来を繋ぐ静かな心の旅をしている証拠なのかもしれません。
懐かしさとは過去に縛られるためのものではなく、むしろ未来に向かって私たちが一歩踏み出す勇気や力を与えてくれる、ささやかな灯火なのです。
この研究は、私たちの記憶がどのようにしてノスタルジックな宝物へと変わるのかを探る新たな扉を開きました。
さて、あなたは次にどの記憶を宝箱の中へとしまうのでしょう。
参考文献:
Wildschut T, Sedikides C, Zengel B, Skowronski JJ. Remembrance of things past: temporal change in the affective signature of nostalgic events. Cogn Emot. Published online April 1, 2025. doi:10.1080/02699931.2025.2484646
