紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
年をとるにつれて、私たちは小さな記憶の隙間に頻繁につまずくようになります。「あれ、なんだっけ?」とか、「約束を忘れてしまった」なんてことが増えていきます。
そういったささやかな戸惑いの向こうには、「軽度認知障害(MCI)」と呼ばれるものがあります。
日常生活は一応問題なく過ごせても、以前のようにスムーズには行かなくなるのです。
世界的な調査によると、50歳以上の人々の約3〜42%がこの状態だとされています。
数字の幅が大きいのは、調査する場所や方法によって異なるためですが、決して珍しいことではありません。
そして、このMCIの状態にある人の約10%が毎年認知症へと進んでいくことも分かっています。
それならば、MCIの段階でできるだけ認知症の進行を遅らせる方法はないのでしょうか。
そんな問いに対して、香港で行われたある研究が興味深い示唆を与えてくれました。
研究チームは、60〜80歳のMCIの方々456人を対象にして、15か月にわたり調査を行いました。参加者は次の3つのグループに分けられました。
1. 認知トレーニングと太極拳を組み合わせ、看護師が生活習慣の改善をアドバイスする複合的介入(CPRグループ)
2. 看護師が生活習慣の改善のみをアドバイスするグループ(RFMグループ)
3. 健康についての基本的な情報がまとめられたパンフレットだけを提供されるグループ
CPRグループは週に3回、3か月間の太極拳と認知トレーニングを行い、さらに看護師から個別に食事や血圧、血糖値などの管理指導を受けました。
RFMグループは看護師からの生活習慣指導のみを受けました。
ところが、研究の結果はちょっと意外なものでした。
15か月後、認知機能を評価するADAS-Cogという指標では、これら3つのグループ間に明確な差が認められなかったのです。
つまり、手間をかけた介入が、シンプルにパンフレットを配っただけの方法より特に優れているとは言えなかったというわけです。
とはいえ、さらに詳しく見ていくと、興味深い傾向が見えてきます。
高血圧や抑うつ症状がある方々には、短期的には複合的な介入が効果的だったようです。
また、運動や認知トレーニングに積極的に参加した人ほど、認知機能が改善する傾向も見られました。
結局のところ、新しい介入方法を広く導入する前には、その効果を慎重に検証する必要があります。
特定の健康リスクを抱える人々には、複合的な取り組みがより有効かもしれません。
ただ、私たちがまず大切にしたいのは、日々の小さな行動を丁寧に積み重ねることなのです。
例えば週に数回、軽い運動をしたり、趣味を楽しんだり、人との交流を心がけたり。特別なことではなく、当たり前のことをしっかり続ける。
そんなシンプルなことが、僕たちの脳を少しずつ守ってくれるのかもしれません。
参考文献:
Xu Z, Zhang D, Yip BH, et al. Combined mind-body physical exercise, cognitive training, and nurse-led risk factor modification to enhance cognition among older adults with mild cognitive impairment in primary care: a three-arm randomised controlled trial. Lancet Healthy Longev. 2025;6(4):100706. doi:10.1016/j.lanhl.2025.100706
