朝飲むか、夜飲むか―高血圧治療の小さなドラマ

朝飲むか、夜飲むか―高血圧治療の小さなドラマ

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。

 

高血圧と診断されたら、毎日薬を飲み続ける生活が始まります。

服用のタイミングについては、処方箋に「朝食後」とか「夕食後」などと指示がありますから、いつ飲んだらベストなのかという疑問は持ったことがないかもしれませんね。

それこそ、「医師の指示通り」です。

実際、多くの場合は「血圧は日中高くなるから朝飲むべき」という考え方が、長年の常識として定着してきました。

しかし実は私たちの体には、「サーカディアンリズム」という体内時計がこっそりと、でも確実に働いていて、夜間に自然に血圧が下がることが健康の目安でもあるのです。

このリズムが乱れると、心臓病や脳卒中のリスクが高まってしまいます。

 

ところが2010年、スペインの研究(MAPEC)がこの常識に一石を投じました。

2156人の高血圧患者を対象に、薬を朝飲むグループと寝る前に飲むグループに分けました。

すると意外なことに、夜間に薬を飲んだグループでは心臓病や脳卒中などのリスクが61%も低くなったのです。

さらに2020年の「Hygia Chronotherapy Trial」という大規模研究でも、夜間服用で心臓病のリスクが45%も減ったとの報告がありました。

 

あまりに劇的な結果だったため、医学界では「話がうますぎる」と疑問視する声が上がりました。

そこで行われたイギリスの大規模研究「TIME」では、約2万人が参加し、朝と夜の服薬時間を比較しましたが、4年間の調査で明らかな差は認められませんでした。

同じく小規模な「HARMONY研究」でも、朝と夜の服用に差は出ませんでした。

 

そして最近、カナダの「BedMed研究」も3357人の患者を対象に約4.6年間観察しましたが、やはり朝と夜での服薬効果に違いは見られませんでした。

さらに高齢者を対象にした「BedMed-Frail研究」でも、副作用の増加はありませんでした。

 

結局、「朝がいいか、夜がいいか」というタイミングそのものはそれほど大きな問題ではないようです。

むしろ本当に大切なのは「毎日薬を忘れずに続けること」です。

例えば、朝の慌ただしい時間よりも、夕食後のゆったりとした時間に薬を飲む方がずっと気楽ですよね。

そう考えると、服薬時間に柔軟性を持たせることは、患者さん本人や介護者にとっても継続の助けになるでしょう。

 

血圧の話は退屈になりがちですが、時々こういう小さなドラマがあって、案外面白いものです。

医学の世界は「絶対的な正解」が少ない場所なのだと感じさせられます。

自分が続けやすい方法を選び、主治医とよく話し合いながら、毎日の薬を楽しみながら(?)続けていくことが、きっと一番の健康への近道なのでしょうね。

 

参考文献:

Taler SJ. Morning or Nighttime Medication Dosing-Does It Matter in the Treatment of Hypertension?. JAMA. Published online May 12, 2025. doi:10.1001/jama.2025.7286