紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
気がつくと、私たちは驚くほど長い時間を座って過ごしています。
デスクでの仕事、ソファでのくつろぎの時間。現代生活は、良くも悪くも「座る」という行為と切り離せない関係にあるのです。
ところが最近の研究によると、この「座りっぱなし」が脳に対して思いがけない悪影響を及ぼす可能性があることがわかってきました。
長時間の座位、特に20分以上連続して座り続けることは、注意力や記憶力などの認知機能を低下させる可能性があります。
さらに、座位時間が1日に10時間を超えると、将来的な認知症リスクまで高めてしまうとの報告もあります。
特に中高年層においては、このような影響が顕著に現れるため、誰にとっても他人事ではありません。
適度な運動が脳に良い影響を与えることは、多くの方がすでにご存知かもしれません。
しかし、毎日20分以上まとまった運動時間を確保するのは、多忙な生活の中では容易ではありません。
ジムに通う余裕もなく、そもそも運動が苦手という方も少なくないと思います。
そこで注目されているのが、短時間の「高強度インターバルトレーニング(HIIT)」です。
イリノイ大学の研究チームは、このHIITを座位時間の合間に取り入れることで、脳機能の低下を防げるかどうか検証を始めました。
HIITとは、「1分間のウォーミングアップの後、最大心拍数の90%程度の負荷で2分間運動し、1分間休憩。これを2セット繰り返す」といったトレーニングです。
全部でたったの6分。
例えば、朝起きてコーヒーを淹れる合間に行うのも現実的な方法のひとつです。
研究では、40歳から75歳までの健康な男女54名が参加し、3.5時間座り続けながら30分ごとにHIITを行うグループと、低強度の運動(LIIT)を行うグループに分かれ、脳機能や注意力、記憶力への影響を調べました。
研究の注目ポイントは「P3b」と呼ばれる脳波で、これは脳の前頭頭頂ネットワークが課題に集中し、不要な情報を抑える際に現れる指標です。
座り続けることで低下するこのP3bが、HIITによって改善されるかどうかを確認しています。
実験結果によると、HIITはLIITと比べて、明らかにP3b波を改善し、注意力や脳の活動を活性化することが示されました。
これは、短時間でも強度の高い運動によって脳内のノルエピネフリンという神経伝達物質(集中力ややる気を高める働きがある)が放出され、脳の活動を促進しているためと考えられています。
この研究はまだ予備的なものであり、健康な人を対象としているため、病気や疾患を持つ人にそのまま当てはまるかはわかりません。
また、長期的な効果についても今後さらなる検証が必要です。
しかし、座りっぱなしの合間にたった6分の高強度運動を挟むことが、中高年の脳の健康を維持する現実的な方法となる可能性を示した重要な研究だと言えるでしょう。
特別な器具も広い場所も必要ありません。
大切なのは、ほんの少しの意識と工夫です。
日常の中でこまめに体を動かす習慣を持つことが、将来的な健康な脳を育む小さな一歩になるはずです。
忙しい毎日だからこそ、座りっぱなしの生活にほんの少しの変化を取り入れてみてはいかがでしょうか。
参考文献:
Pindus DM, Paluska S, So J, et al. Breaking prolonged sitting with high-intensity interval training to improve cognitive and brain health in middle-aged and older adults: a protocol for the pilot feasibility HIIT2SITLess trial. BMJ Open. 2025;15(5):e095415. Published 2025 May 7. doi:10.1136/bmjopen-2024-095415
