紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化しています。あわせてお楽しみください。
人間を含め、多くの動物は恐怖という感情を通じて危険を避ける術を学んでいます。
例えば、犬に噛まれた経験のある人が犬を怖がるようになるのは、自然な反応です。
しかし、恐怖が強すぎたり、過去の経験にとらわれ続けたりすると、日常生活に支障をきたすことがあります。
近年、このような過剰な恐怖を和らげるための研究が進んでいますが、その中でも注目されるのが「ドーパミン」の役割です。
今回紹介する研究では、ドーパミンが恐怖を克服する際にどのような働きをしているのかを調査しました。
実験ではマウスを用い、まず音と電気ショックを関連付けて恐怖を記憶させました。
その後、音だけを繰り返し聞かせることで、「音はもう怖くない」と学習(恐怖消去)させました。
この恐怖消去の過程で、マウスの脳内でドーパミンがどのように作用するのかを詳しく調べました。
結果は興味深いものでした。
恐怖消去の訓練中、マウスの扁桃体(恐怖や喜びなど、感情の処理に関与する脳の領域)では、報酬に反応する神経細胞が活性化され、これがドーパミンによって促進されていることが明らかになりました。
具体的には、ドーパミンが扁桃体の特定の細胞群を刺激し、その結果「恐怖ではなく報酬に反応する神経細胞」が活発になることで、恐怖の記憶が消去されやすくなったのです。
さらに、ドーパミンを直接扁桃体に注入すると、通常よりも迅速に恐怖消去が進むことも確認されました。
逆にドーパミンの作用を阻害すると、恐怖消去は難しくなり、マウスはいつまでも音を怖がり続けました。
この発見は、恐怖症や心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、過去の恐怖体験が原因で苦しむ人々への治療にも新たな視点を与えます。
将来的には、ドーパミン系をターゲットとした新しい治療法が開発されるかもしれません。
「怖さを忘れる」ためには、ドーパミンという心強い味方が存在することを、この研究は示しています。
脳の仕組みを理解することで、人が持つ自然な感情のバランスを整える手助けができる時代が、すぐそこまで来ているのかもしれませんね。
参考文献:
Zhang X, Flick K, Rizzo M, Pignatelli M, Tonegawa S. Dopamine induces fear extinction by activating the reward-responding amygdala neurons. Proc Natl Acad Sci U S A. 2025;122(18):e2501331122. doi:10.1073/pnas.2501331122
