遠くで稲妻が走り、少し遅れて雷鳴が届きます。
私たちはその空白の秒数から、雷雲までの距離をほとんど無意識に測っています。
光と音の速度のズレ。
それが空間の広がりを教えてくれるからです。
宇宙でも同じことが起きていますが、もちろん音ではありません。
別の道筋を通ってきた同じ光です。
SN Requiemという遠方銀河の超新星(星の最期の大爆発)は、その時間差を極端な形で見せました。
一度だけ起きた爆発が、年をまたいで三度現れ、いま四度目の光が届こうとしています。
宇宙は膨張し続けています。
その速さを表すハッブル定数は、近くの天体を足場にする測り方ではおよそ73、宇宙初期の光の名残から現在を逆算する測り方ではおよそ67になります。
数字だけ見れば小さな差ですが、両者の精度はすでに約1%まで詰まっていて、十年以上動いていません。
どちらかの測り方に見えない癖があるのか、それとも標準的な宇宙像のどこかが足りないのか。
争われているのは、小数点の違いではありません。
宇宙の設計図そのものです。
ここで起きているのは、星が再び爆発したという話ではありません。
SN Requiemと地球の間には、80を超える銀河を含む巨大な銀河団が横たわっています。
その重力が空間を曲げ、同じ閃光を複数の経路に分けました。
経路の長さも、通り抜ける重力場も同じではありません。
だから一度きりの爆発が、別の場所に、別の時刻で届きます。
2016年に見えた三つの像は、その時間差の記録でした。
研究者たちは、この銀河団の質量分布を組み立て直しました。
メンバー銀河の赤方偏移を測り、明るさから質量を見積もり、背景天体の像のゆがみと照らし合わせながら、全体のかたちを絞っていったのです。
さらに七つのチームが独立にモデルを作り、その再現性で重みづけをしました。
2023年には、同じ背景銀河で別の超新星も見つかり、見積もりはさらに洗い直されました。
かつて2037年ごろと考えられていた四度目の出現は、2026〜27年へと引き寄せられています。
この四度目が重要なのは、珍しいからではありません。
遅れて届く光は、遠回りした分だけ経路の差を抱えています。
どこに像が現れたかと、その遅れの長さを合わせると、超新星までの絶対距離に届きます。
そこへ宿主銀河の赤方偏移、つまりどれだけ遠ざかっているかの情報を重ねれば、ハッブル定数が出せます。
もちろん、これで一気に決着とはいきません。
前例のSN Refsdalからは64.8、重力レンズを受けたクエーサー8例からは71.6という値が得られていますが、まだどちらにも決め手とは言えません。
SN Requiem単独でも精度は2〜3%程度と見積もられていて、最終的にはもっと多くの重力レンズ超新星が必要です。
それでも状況は変わりました。
抽象的だった論争が、観測の日付を持ったからです。
今年見えれば高め、来年なら低め。
その違いが、長く並んだ二つの値のどちらに重みが乗るかを左右します。
私たちが観測したいのは、星がもう一度死ぬ瞬間ではありません。
ただ一度の死が、最も長い経路を通って届く瞬間です。
その光が現れるとき、測られるのは星そのものより、星と地球の間に横たわる空間のかたちでしょう。
夜空の一点は、ひとつの現在ではなく、同じ過去が別々の道筋を通って重なり合う現在なのかもしれません。
参考文献:
Clery D. How fast is the universe expanding? Cosmic ‘illusions’ may hold answer. Science. 2026;392(6793). doi:10.1126/science.z8h9yll

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
