歳をとると変わるのは、眠る長さより眠りの中身―脳波のパターンと睡眠恒常性から見た加齢の変化

歳をとると変わるのは、眠る長さより眠りの中身―脳波のパターンと睡眠恒常性から見た加齢の変化

 

夜中に何度も目が覚める。

寝つきに時間がかかる。

朝が早すぎる。

歳を重ねるにつれて眠りへの不満は増え、睡眠薬を求めて診察室を訪れる人も少なくありません。

そこには一つの前提があります。

十分な時間さえ眠れれば、脳は回復するはずだ、という考えです。

睡眠時間が足りないから調子が悪い。

だから時間を確保すればいい。

けれど、この総説が再検討しているのは、まさにその前提です。

問題は睡眠時間の不足だけなのか。

それとも、眠りの内部で進む機能の低下が先に起きているのか。

 

深いノンレム睡眠では、前頭葉を中心に神経細胞の活動と休止が同期し、徐波と呼ばれる大きくゆっくりした脳波が現れます。

この徐波は、学んだ記憶を一晩のうちに安定化させる過程と関係しています。

もう一つ、睡眠紡錘波という12〜15ヘルツの短い律動的な脳波があり、こちらは翌日の海馬の記銘能と関係する指標として扱われています。

若い成人では、徐波は夜の前半に強く、紡錘波は後半で存在感を増します。

睡眠には、長さとは別に、時間帯ごとに異なる役割が配分されています。

 

Manderらは、若年者と高齢者を比較した終夜脳波、MRI、記憶課題、睡眠不足や睡眠妨害の実験など、既存の研究を束ねて、加齢で睡眠のどの層が変化するのかを整理しました。

対象となったのは、睡眠時間や睡眠段階だけではありません。

徐波と紡錘波の密度、振幅、出現する時間帯、さらにそれらと脳構造や記憶成績との関係までが検討されています。

 

そこから見えてきたのは、睡眠段階の長さと、睡眠中の機能的な中身は一致しないという点でした。

浅いノンレム睡眠であるステージ2の時間は、年齢で大きく変わらないことがあります。

ところが、その同じステージ2の中に現れる紡錘波の密度と振幅は、高齢者で低下しています。

徐波についても同じです。

前頭部を中心とした徐波活動は、若年者に比べて平均75〜80%低く、男性では加齢に伴う低下がより大きくなります。

睡眠段階という枠組みが保たれていても、その中に含まれる脳波活動は同じではありません。

時間だけでは捉えられない差が、ここにあります。

 

しかも、その脳波の低下は脳の構造変化と結びついていました。

前頭前野(ぜんとうぜんや)の灰白質が減っている人ほど、徐波の振幅と密度は低く、その低下は一晩後の記憶保持の悪化と重なります。

一方、海馬の体積低下や、脳梁(左右の大脳をつなぐ白質の束)の傷みは、紡錘波の減少と関係しており、紡錘波が少ない高齢者ほど翌日の海馬の記銘活動が低く、新しい学習成績も下がっていました。

学んだ内容を保持する過程と、新しい内容を受け入れる過程の両方に、加齢の影響が及んでいたことになります。

 

さらに、睡眠恒常性にも変化がみられます。

覚醒中に脳内で蓄積するアデノシンは、眠気の強まりを反映する分子的な信号です。

高齢の脳では、この信号自体は増えていても、それを受け取るA1受容体が広い範囲で減っている可能性があります。

必要な睡眠欲求が発生していても、それが十分な睡眠反応として表れにくくなるわけです。

著者らが最後に置いた論点もここにあります。

高齢者は睡眠をあまり必要としなくなるのか。

それとも、必要な睡眠を作りにくくなるのか。

総説全体の重心は後者に寄っています。

ただし、これは多くの関連研究を整理した議論であり、痛み、抑うつ、夜間頻尿、睡眠障害、薬剤の影響も絡むため、すべてを加齢だけで説明することはできません。

 

徐波、紡錘波、恒常性調節。変化の現れ方は別々でも、向かう先は重なっています。

睡眠時間が確保されていても、記憶の固定、翌日の学習準備、睡眠欲求の反映といった機能が同じ水準で保たれているとは限りません。

昨夜、長く眠れたかどうかは自分でわかります。

けれど、その夜が昨日の記憶を整理し、今日の脳を使える状態まで整えていたかどうかは、朝の感覚だけでは点検できません。

 

参考文献:

Mander BA, Winer JR, Walker MP. Sleep and Human Aging. Neuron. 2017;94(1):19-36. doi:10.1016/j.neuron.2017.02.004

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。