セルフレジで商品のバーコードを通し、画面の決済ボタンに指を置きます。
飲食店ではタッチパネルに触れるだけで注文が済み、知らない町ではスマートフォンの青い矢印が足元まで道を示してくれます。
人に声をかけずに済む仕組みを、「お年寄りは大変だな」とは思ってみても、不便だと思ったことは一度もありません。
ただ、休日の夜にふと、今日はほとんど声を出していないと気づくことがあります。
声を使う用事が一つ減り、もう一つ減る。その減り方がどれほどのものか、もともと別のことを調べていた研究の中で偶然明らかにされました。
2007年、アリゾナ大学の心理学者マティアス・メールらは、参加者の日常を小型録音装置で記録し、男女の1日の発話語数にほぼ差がないことを報告しました。
当時の推定値は1日あたり約16,000語です。
注目を集めたのは「性差がない」という結論のほうであり、16,000という数字そのものは特に注目されませんでした。
その数字に意味が生まれたのは、同じ手法で追試を行ったときです。
共同研究者のヴァレリア・ファイファーが2,200人ぶんのデータを集計したところ、1日の発話語数は約12,700語でした。
メール自身が計算の誤りを疑い、再検証を求めています。
しかし、結果は同じでした。
対象は2005年から2019年にかけて実施された22の研究です。
がんの闘病、離婚後の適応、瞑想の効果など、それぞれ別の目的で参加者は録音装置を身につけており、自分の発話量がこの形で分析されることを知りません。
研究が測ったのは文字も含めた言葉の総量ではなく、声として外に出された言葉だけです。
年ごとの語数を並べると、毎年338語ずつ減少する下降直線が現れました。
年間338語を発話速度で換算すると、およそ2分に相当します。
25歳未満では年間452語、25歳以上では314語と速度に差はありますが、どちらも下がっています。
若者だけの現象ではありません。
そして消えた語数の内訳をたどると、長い会話がひとつ丸ごと失われたのではないことが見えてきます。
レジで「お願いします」と声をかける一言、道を尋ねる数語、隣人との短い立ち話。用事のまわりにあった小さな接触が、少しずつ発生しなくなっています。
テキストやSNSまで含めれば、出している言葉の総量は減っていない可能性はあります。
ただし声には、音の高さや、返事までの間や、相手がそこにいるという「感触」があります。
研究者自身、声と文字を等価に扱えるかどうかは結論を出していません。
口を閉ざそうと決めた人がいたのではなく、口を開く場面のほうが消えていた。
そのことが、14年ぶんのデータの並びから見えてきます。
対象は欧米社会の参加者に限られ、データは2019年で途切れています。
声を発するという行為は、用事を片づける手段であると同時に、世界の中に他者がいることを確かめる行為でもありました。
338語、およそ2分。
その2分はかつて、レジの向こう側にいた人、道で足を止めてくれた見知らぬ人、たまたま顔を合わせた隣人との間でした。
ちょっとした用事はこれからも、ますます声なしで片づくでしょう。
用事のまわりにあった2分が、同じ速さで減り続けるかどうかは、まだ誰にも測れていません。
参考文献:
Pfeifer, V. A., & Mehl, M. R. (2026). Sliding Into Silence? We Are Speaking 300 Daily Words Fewer Every Year. Perspectives on Psychological Science, 0(0).

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
