「冬眠」と聞くと、クマやリスが冬の間ずっと眠っている様子を想像する人もいるでしょう。
実は最近、この「冬眠」に似た状態になると、歳をとるスピードがゆっくりになる可能性が分かりました。
この研究をしたのは、アメリカにあるマサチューセッツ工科大学とハーバード大学の研究チームです。
研究者たちは、マウスの脳の「視索前野(しさくぜんや)」という部分に注目しました。
視索前野は、動物の体の温度やエネルギーの使い方を調整している場所です。
この場所の神経を刺激すると、マウスは体温が下がり、エネルギーを使う量が少なくなります。
この状態をTLS(冬眠に似た状態)と呼びます。
研究チームは、マウスに何度もTLSを経験させて、体がどう変わるか調べました。
その結果、TLSを繰り返したマウスは、普通のマウスよりも歳をとるスピードがゆっくりになりました。
この研究で使われる「歳をとるスピード」は、「エピジェネティック老化」と呼ばれています。
聞きなれない言葉ですが、意味はそれほど難しくありません。
人間や動物の体をつくる設計図のようなものを「遺伝子(DNA)」と言います。
この遺伝子自体は、生まれた時から歳をとってもほとんど変わりません。
しかし、遺伝子の「働き方」は年齢とともに変わります。
若い頃にはしっかり働いていた遺伝子が、歳をとるにつれて働きが悪くなったり、反対に働きすぎたりして、体の調子が悪くなっていくのです。
このように遺伝子の働き方が変わることで起きる体の老化を「エピジェネティック老化」と言います。
研究の結果、TLSを3か月繰り返したマウスは、普通のマウスよりも血液の老化が80%もゆっくり進むことがわかりました。
また肝臓の老化も20%ほどゆっくり進むことがわかりました。
この老化をゆっくりにする一番の理由は、「体温が下がること」でした。
TLSの間、マウスの体温は普段より約7℃下がりました。
この体温が下がることが、老化をゆっくりにする重要なポイントだったのです。
さらに、TLSを9か月間続けたマウスは、高齢になっても健康な状態を保つことがわかりました。
普通のマウスは歳をとると尾が硬くなったり、歩きにくくなったり、背中が曲がったりします。
しかし、TLSをしたマウスでは、こうした問題があまり起きませんでした。
つまり、長い間TLSを経験したマウスは、歳をとっても元気な体を保つことができたのです。
この研究は、「冬眠」の仕組みを使うと、将来的に歳をとったときの病気や体の問題を防ぐことができるかもしれないと示しています。
将来は、このような仕組みを人間にも応用できるかも知れません。
人間は今、100歳まで生きる時代と言われています。
健康に長生きする手段として、この「冬眠」の研究はとても大切な手がかりになりそうです。
なんともSFチックな話ではありますが。
参考文献:
Jayne, L., Lavin-Peter, A., Roessler, J. et al. A torpor-like state in mice slows blood epigenetic aging and prolongs healthspan. Nat Aging 5, 437–449 (2025). https://doi.org/10.1038/s43587-025-00830-4
