尿路は「無菌」ではなかった?

尿路は「無菌」ではなかった?

 

人間の腎臓は長らく「無菌状態」と考えられてきましたが、最近の研究によって、その前提が覆されつつあります。

尿路には自然に形成される細菌コミュニティが存在し、それらは健康な状態でも見られるというものです。

研究では、腎臓内に定着している細菌群が安定性や再現性を持つだけでなく、代謝機能まで示す点が確認されました。

これは「腎臓マイクロバイオーム」が実際に存在することを裏付ける重要な根拠とされています。

 

方法としては、まず特殊な培養チャンバーを使って腎臓内の尿流を模擬的に再現し、そこにカルシウムとシュウ酸塩(CaOx)を加えて結晶が生じるかどうかを調べました。

細菌としては、腎結石の形成を促す可能性が指摘される大腸菌(Escherichia coli)と、むしろ保護的に働くと見られるラクトバチルス・クリスパタス(Lactobacillus crispatus)に注目しています。

その結果、大腸菌が増殖したチャンバーでは、大きな結晶が形成され、分析の結果、人の腎臓結石と同じ構造であることがわかりました。

一方、ラクトバチルス・クリスパタスが優勢だったチャンバーでは結石がほとんど生じませんでした。

 

さらに抗菌薬を過剰に使うと、腎臓マイクロバイオームのバランスが崩れ、ラクトバチルスのような「結石抑制型」の細菌が減る一方で、大腸菌のような「結石促進型」の細菌が増える傾向が示されました。

2019年の別の研究では、腸内や尿路のマイクロバイオームが乱れることが結石リスクを高める可能性が報告されています。

この知見は、長期的に抗菌薬を使用する患者に腎結石が多い現象を説明する一因になるかもしれません。

 

ただし今回の研究結果が、急性感染症の治療方針を変えるわけではないと指摘されています。

症状を伴う尿路感染や腎盂腎炎などでは、適切な抗菌薬が必要です。

一方で「腎結石の予防」や「その他の腎疾患」に対して、今後はマイクロバイオームを調整する新たな治療戦略が検討される可能性があります。

研究者たちは、腎結石だけでなくその他の腎疾患においても、腎臓マイクロバイオームが何らかの役割を持つと予想しており、今後の研究で遺伝的背景や人種間差などを掘り下げる予定としています。

 

腎臓内部に細菌が存在すると聞くと意外に感じるかもしれませんが、マイクロバイオームへの理解が深まれば、予防や治療の幅が広がると考えられています。

今回の研究は、抗菌薬がもたらすメリットだけでなく、腎臓内の細菌生態系を乱すリスクにも目を向ける契機といえそうです。

伝統的に「無菌」とされてきた領域にも、見過ごされていた細菌の世界が広がっていたというのは驚きでした。

これからの腎臓病学や泌尿器学では、この事実を踏まえたアプローチが求められていくかも知れません。

 

参考文献:

Agudelo, J., Chen, X., Mukherjee, S.D. et al. Cefazolin shifts the kidney microbiota to promote a lithogenic environment. Nat Commun 15, 10509 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-54432-6