数学は、どんな問題でも正しいか間違っているかをはっきり決められる学問だと思われてきました。
不確実性の時代にあって、「数学だけは白黒はっきりさせてくれる」と“最後の砦”として位置づけられてきたように思います。
けれども実は、すべての問題に答えを出せるわけではないことが証明されてしまっています。
これを「不完全性定理」といいます。
この定理では、数学には「そのルールの中では正しいかどうかを決められない問題」が必ず出てくることが示されています。
つまり、数学のルールの中で答えを出せない問題があるのです。
新しいルールを加えても、また同じような決められない問題が生まれてしまうため、完全に解決することはできません。
この考え方には、1930年代にクルト・ゲーデルが証明した「不完全性定理」と、アラン・チューリングが示した「停止問題」が関係しています。
チューリングは、あるプログラムが止まるかどうかを確実に判断する方法が存在しないことを証明しました。
これは、数学のすべての問題を解く方法を作ることはできない、という考え方につながりました。
1900年、数学者のヒルベルトは「23の問題」という数学の大きな課題を発表しました。
その中の1つ、「第10問題」は「整数の範囲で、方程式の解があるかどうかを決める方法があるのか?」というものでした。
しかし、1970年にユーリ・マチヤセビッチが「どんな方程式でも、解があるかどうかを決める方法はない」と証明しました。
ところが、方程式の解を整数だけでなく、複素数まで広げると、どんな方程式にも必ず解があることがわかります。
整数では答えが出せないのに、複素数を使えば解が見つかるという不思議な現象が起こります。
このため、「整数と複素数の間の数の世界ではどうなのか?」という疑問が生まれ、長年研究が続けられています。
この疑問の中心となるのが「整数環」と呼ばれる数の集まりです。
整数や√2のような数を使い、足し算や掛け算で作れる数の集まりのことです。
この「整数環」の世界でも、ヒルベルトの第10問題が決められないのか、それとも解決できるのかが研究されてきました。
そして2024年、ペーター・コイマンス(ユトレヒト大学)とカルロ・パガノ(コンコルディア大学)の研究チーム、さらに別の研究チームが「すべての整数環で決定できない問題がある」と証明しました。
この証明の鍵となったのは、「ディオファントス方程式」を特別な形に変える方法でした。
楕円曲線という数学の性質を使い、見た目は複雑に見えても、実際には整数と同じように「決められない問題」を作り出すことができることを示したのです。
チューリングの停止問題と同じように、解があるかどうかを決める方法は存在しないことが証明されました。
このように、数学には無限の可能性がある一方で、どんな方法を使っても決められない問題があることも事実です。
「どこまで決めることができて、どこからは決められないのか?」という問いは、今も研究が続けられています。
「数学の限界」を前提に話をすすめることは、昔は想像もできなかったことだと思うのです。特に私たちのような素人には。
