近年、高齢化や医療技術の進歩に伴い、終末期医療における患者の意思決定を支援するアドバンス・ケア・プランニング(ACP)の重要性が高まっています。透析患者とその家族にとっても、終末期医療における事前の意思決定は、納得のいく医療を受けるために重要です。しかし、十分な話し合いの機会を確保できず、緊急時に適切な医療を選択できないケースも少なくありません。
今回紹介する「SPIRIT(Sharing Patient’s Illness Representations to Increase Trust)」は、患者自身と代理決定者となる家族が一緒に将来の治療やケアを話し合う手助けをするACPプログラムです。このSPIRITを米国5州の透析クリニックで実施し、多角的な評価が行われました。
SPIRITプログラムの概要と効果
研究では、231組の「透析患者と家族のペア」が登録され、実際にセッションに参加できたのは82.7%(191組)でした。さらに、そのうち76.4%(146組)は、オプション扱いの追加セッションも受けていました。セッションは、対面式で実施されることが多く、1回目は平均60分、2回目は平均15分程度です。対面式を基本としつつ、患者さんの疲労や家族の移動に配慮し、ビデオ会議や電話などを活用した柔軟な対応も可能となっています。
このプログラムは、セッションの内容を明確化している点が特徴です。例えば、過去のつらい治療経験から生じる不安を整理し、『自分にとって受け入れがたい状態』を具体的に明確にするステップが組み込まれています。これらのステップを通じて、患者と家族が自然と治療方針や終末期の価値観を共有できるようになることが報告されています。
統計的にも、患者と家族それぞれのアンケート結果から、高い満足度が得られました。9割近くの参加者が「5ドル程度の自己負担があってもセッションを受けたい」と回答しており、家族や医療スタッフからも「会話が深まる」「患者の希望を明確に理解できる」といった肯定的な意見が多数寄せられています。
SPIRITプログラムの課題と今後の展望
しかし、導入現場では、時間や人員などのリソース確保、そして進行役を務める担当者の精神的負担などが課題として挙げられています。透析クリニックの日常業務は多忙であり、特に1人のソーシャルワーカーが数十人から100人以上の患者を担当している場合、まとまった話し合いの時間を確保することは困難です。
しかしながら、本研究の成果は、信頼性の高いACPプログラムを実臨床に導入する上で、重要な示唆を与えています。高齢化や慢性疾患の増加に伴い、透析患者の医療ニーズはますます複雑化していく可能性があります。このような状況下において、『患者とその家族が納得できる治療方針を早期に共有すること』は、極めて重要です。今後、SPIRITプログラムが多様な言語や文化に対応したプログラムへと発展し、診療報酬制度などの整備が進めば、多くの透析医療現場への導入が期待されます。
他の医療施設からも、「明確なコミュニケーションフレームワーク」「充実した研修体制」「十分な人員配置」などの条件が整備されれば、導入は十分に可能であるとの意見が寄せられています。特に、SPIRITのような手順化されたプログラムは、専門的なコミュニケーションスキルに加えて、必要な質問項目や要点を整理しているため、導入初期段階からスムーズな話し合いを進めやすいという利点があります。
研究チームは、SPIRITプログラムの継続的な実施に向けた体制構築、およびスタッフの負担軽減のための対策を検討していく必要性を強調しています。これは、他の医療現場における共通課題でもあり、多様な分野の専門家や学会が連携して取り組むべき課題と言えるでしょう。アドバンス・ケア・プランニングは、医療者、患者、そして家族を『対等なパートナー』として、より良い医療の実現を支援する有効な手段であり、今後の研究の進展と社会的な支援体制の構築が期待されます。
SPIRITプログラムの意義:患者中心の医療の実現に向けて
SPIRITプログラムは、単に書面で意思表示を行うのではなく、患者自身の病気や価値観への理解を深めるプロセスを重視している点が注目されています。透析患者に限らず、すべての人が人生の最終段階を迎える可能性があります。このようなコミュニケーション基盤を構築しておくことは、患者自身の心の安定に繋がり、家族や周囲の人々にとっても大きな支えとなるでしょう。SPIRITプログラムの成果は、事前準備の重要性を示す具体的な事例として、多くの人々の参考になるものと期待されます。
参考文献:
Song MK, Plantinga L, Metzger M, et al. Implementation of An Advance Care Planning Intervention in Dialysis Clinics. Am J Kidney Dis. Published online January 23, 2025. doi:10.1053/j.ajkd.2024.12.003
