記憶というと、私たちは脳の働きを思い浮かべがちです。
しかし、最新の研究によると、脳以外の細胞にも記憶力があることが明らかになりました。
まるで、私たちの体全体が学習し、環境に適応しているかのようです。
今回紹介するのは、ヒトの非神経細胞を使った画期的な研究です。
この研究では、「集中学習と分散学習の効果」という記憶形成の原則を、細胞レベルで検証しました。
この効果は、勉強や練習をまとめて短時間で行うよりも、時間を空けて繰り返す方が記憶に残りやすいというもので、学生たちの学習法としてもよく知られています。
しかし、この「間隔を空けて学ぶ」ことが、脳以外の細胞でも効果があるのかどうかは、これまで謎でした。
研究チームは、神経系ではないヒトの細胞に、光を発するタンパク質を作る遺伝子(ルシフェラーゼ遺伝子)を導入しました。
この遺伝子は、細胞の活動レベルを測るために用いられます。
そして、細胞内の情報伝達を活性化する物質であるフォルスコリンとTPAを刺激として用い、細胞に与える影響を、単回の「集中学習」と、10分間隔で4回行う「分散学習」で比較しました。
その結果、分散学習によって得られた「記憶」効果が顕著で、長時間にわたり持続することがわかったのです。
学習方法 | ルシフェラーゼ発現量 | 24時間後の発現量 | CREBとERKの活性化 |
分散学習(10分間隔で4回の刺激) | 単回集中学習の1.4倍 | 単回集中学習の約2.8倍 | 強い |
単回集中学習 | 基準値 | 基準値 | 弱い |
さらに、CREBとERKという記憶形成に重要なタンパク質の働きを阻害すると、分散学習の効果が消失することも確認されました。
この研究からわかることは、「間隔を空けて学ぶこと」は私たちの脳だけでなく、細胞レベルでも有効であるということです。
この発見は、将来的に認知能力の向上や認知障害の治療に新たな可能性を開くかもしれません。
例えば、薬の効き目を高めたり、細胞が特定の記憶を持続的に維持するように働きかけたりする方法を見つけることができるかもしれません。
私たちの体内には、まだまだ未知の「学び」がたくさん眠っているのかもしれません。
注記:
- CREBとERK: 細胞内の情報伝達に関わるタンパク質で、記憶の形成に重要な役割を担っています。
参考文献:
Kukushkin, N.V., Carney, R.E., Tabassum, T. et al. The massed-spaced learning effect in non-neural human cells. Nat Commun 15, 9635 (2024). https://doi.org/10.1038/s41467-024-53922-x
