私たちは皆、他人とは違う自分らしさを表現したい、特別な存在でありたいという気持ちを少なからず持っているものです。
心理学では、この「他人と違う自分でありたい」という欲求を「個性化の欲求」と呼んでいます。
心理学者マズローは、人間の欲求について5段階のピラミッドで説明しました。

彼は、人間の欲求は、まず「生理的欲求」(食べたい、眠りたいなど)や「安全欲求」(安全・安心に暮らしたい)といった基本的なものから満たされ、徐々に「社会的欲求」(仲間が欲しい、愛されたい)、「承認欲求」(認められたい、尊敬されたい)へと移行していくと説明しました。
そして、これらの欲求が満たされると、最終的に「自己実現欲求」(自分の能力を最大限に発揮したい)に至ると考えたのです。
マズローの考えでは、個性化の欲求は、この自己実現欲求と深く関わっていると言えるでしょう。
しかし、最近の調査や世論調査では、以前と比べて自己表現を控え、目立つことを避ける人が増えている可能性が示唆されています。
ミシガン州立大学のウィリアム・チョピック氏らの研究チームは、2000年から2020年までの20年間で、人々の個性欲求がどのように変化したのかを、インターネット調査で収集した133万9160人(平均年齢21.09歳、65.8%が女性)のデータを用いて分析しました。
その結果、近年になるほど個性化の欲求の得点は低くなる傾向が見られました。
特に、「自分の意見を公の場で表明すること」や「他人からの評価を気にしないこと」に関連する項目で、この傾向が顕著でした。
〇 個性化の欲求の変化:考えられる要因
この変化には、社会的な不安やソーシャルメディアの影響が考えられます。
* 社会不安の増加 : 近年、社会不安を抱える人が増えているという報告があります。社会不安の強い人は、周りの目を気にし、同調行動を取りやすいため、個性欲求が低くなる可能性があります。
* ソーシャルメディア : ソーシャルメディア上では、常に他人の視線を感じ、批判や炎上を恐れて自己表現を抑制してしまうことがあります。もしかしたら、マズローが生きていたら、「現代人は承認欲求に振り回され、自己実現欲求を阻害されている」と嘆いたかもしれません。
〇 個性化の欲求の変化が私たちに突きつける課題
個性欲求の低下は、社会全体の活力を奪ってしまう可能性も孕んでいます。
* 多様性の喪失 : 個性的な意見や行動が減ることで、社会全体の均質化が進み、多様性が失われてしまうかもしれません。
* 自己表現の制限 : 周りの目を気にしすぎるあまり、自分の意見や考えを自由に表現できなくなることは、個人の精神的な健康にも悪影響を及ぼす可能性があります。
〇 自分らしくあるために
私たちは、個性欲求と周囲との調和の間で葛藤しながら生きています。
社会の変化が個性化の欲求に影響を与える一方で、私たち自身の行動もまた、社会を形作っていくのです。
自分らしくありたい、そう願う気持ちは、決して恥ずべきものではないはずです。
周りの目を気にしすぎず、自分の意見や考えを大切にし、表現していくことが、より良い社会を作る第一歩になると信じます。
マズローの言葉を借りれば、「自己実現を目指すこと」、それが個性開花への道なのかもしれません。
参考文献:
William Chopik, Kim Götschi, Alejandro Carrillo, Rebekka Weidmann, Jeff Potter; Changes in Need for Uniqueness From 2000 Until 2020. Collabra: Psychology 16 January 2024; 10 (1): 121937. doi: https://doi.org/10.1525/collabra.121937

