誰かが笑っている。
内容はよく聞こえない。
それなのに、つられて口元がゆるむ。
あとから「何がおかしかったの」と聞かれると、うまく答えられない。
あのとき反応していたのは、話の中身ではなく、先に聞こえた笑い声だったのかもしれません。
他人の笑い声には、対象そのものを変えずに、面白さの判定を少し動かしてしまう力があります。
この力がどこまで届くのかを調べたのが、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのCai氏らの研究です。
従来、笑い声がユーモアの感じ方を押し上げることは知られていました。
ただ、その効果がどんな素材にも同じように働くのか、また、思わずこぼれた笑いと場に合わせて出される笑いとで違いがあるのかは、十分には整理されていませんでした。
そこで研究者たちは、自閉スペクトラム症(ASD)のある成人と比較群を並べ、笑い声の効き方そのものを見比べました。
材料は三つです。
言葉遊びのジョーク、げっぷ音、そしてチャップリンやバスター・キートンらの無声喜劇。
そこに、思わず漏れた笑い声、会話の流れで作られた笑い声、あるいは何も足さない条件を組み合わせ、面白さを7段階で評価してもらいました。
聴覚課題と映像課題で実施され、比較には年齢やIQ、性別をそろえた群が用いられています。
比較群では、ジョークとげっぷで笑い声が面白さの評価をはっきり押し上げました。
無声喜劇でも同じ向きの変化は見えましたが、効果は小さめでした。
しかも、思わずこぼれた笑いのほうが、作られた笑いより強く効いていました。
ところがASDのある群では、ジョークでは増幅効果が残るものの比較群より小さく、げっぷと無声喜劇では明確な効果がみられませんでした。
さらに、ジョークやげっぷそのものは比較群より高く評価される一方で、無声喜劇は低めでした。
同じ笑い声を聞いていても、素材が変わると効き方が変わっていたのです。
ここで前面に出てくるのは、笑い声の強さそのものより、笑い声がどんな場面に置かれたかという問題です。
ジョークのあとに笑いが続くのは自然ですが、げっぷのあとにまず来るのは、たいてい謝罪でしょう。
無声喜劇でも、映像だけの場面に外から笑い声を重ねる構成には、少しぎこちなさが残ります。
ASDのある群で、思わず出た笑いと場に合わせた笑いの差が小さかったことも、この見方と重なります。
比較群では、場に合わせた笑いに対して、他者の意図を読むときに関わる内側前頭前皮質の反応が強まりやすいことも報告されていますが、この差はASDのある群で乏しいとされています。
笑い声の効果は、音そのものより、その背後にある意図や場の意味の読み取りと結びついているのかもしれません。
もちろん、素材は限られており、参加者数も大規模とはいえません。
無声喜劇に対する笑い声の効果は、比較群でも明確と言い切れない水準にとどまりました。
それでも、笑いへの反応の違いを、単純に「ユーモアがわからない」と片づけられないことは見えてきます。
何が面白いかだけでなく、いつ、どんな笑いがその場に自然に置かれているか。
その受け取り方の違いが、日常のやりとりのずれとして現れている可能性があります。
私たちは、自分が面白いから笑っていると思いがちです。
けれどその前に、誰かの笑い声から「ここは笑ってよい場面だ」という合図を受け取っていることがあるのかもしれません。
次に誰かの笑いにつられたとき、耳に入っているのは冗談の中身だけではない。
少し先にその場を通り抜けた、別の人の反応まで聞いているのかもしれません。
参考文献:
Ceci Qing Cai, Sarah J. White, Bangjie Wang, Ezrie Samuel, Matilda Steele, Hannah Partington, Jo Manly, Sophie K. Scott; Does laughter make everything funnier? Implicit laughter processing in autistic and non-autistic adults. R Soc Open Sci. 1 February 2026; 13 (2): 251348. https://doi.org/10.1098/rsos.251348

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。