日本では今、認知症はごく一部の人の問題ではなくなりました。
高齢者のあいだでは主要な健康課題のひとつであり、医療や介護だけでなく、社会保障や地域のあり方そのものに影響を与えています。
長寿は歓迎すべきことですが、その延長線上にある認知症という現実は、私たちの社会設計を問い直します。
2024年、日本では「認知症基本法」が施行されました。
治療中心から、予防にも軸足を置く方向へと舵が切られました。
では、どこを変えれば未来は動くのでしょうか。
運動でしょうか。
血圧でしょうか。人
とのつながりでしょうか。
それとも、私たちがまだ十分に意識していない別の要素なのでしょうか。
この研究は、日本の実際の統計データを用いて、認知症に関連する14の修正可能な要因が、全体のどの程度を占めているのかを推計しました。
世界平均ではなく、日本社会の現状に即した数字を示した点が特徴です。
現在、日本では65歳以上の約12%、人数にして約440万人が認知症とされています。
さらに軽度認知障害まで含めれば、影響を受けている人はもっと多くなります。
教育歴の短さ、難聴、運動不足、糖尿病、高血圧、うつ、社会的孤立などがリスクとして知られてきましたが、日本でそれらがどのくらい影響しているのかは明確ではありませんでした。
研究では、各要因の有病率と、認知症との関連の強さを組み合わせ、「その要因がなかった場合、どのくらい認知症が減る可能性があるか」を示す人口寄与割合を算出しました。
また、各要因を10%あるいは20%減らした場合の変化も試算しています。
14の要因を合わせると、日本の認知症の約38.9%に関係している可能性があると推計されました。
理論上では、約4割に予防の余地があるという計算です。
そして最も大きな寄与を示したのは、難聴でした。
続いて身体活動不足、LDLコレステロール高値が並びます。
ここで浮かび上がるのは、認知症は脳だけの問題ではない、という構図です。
耳の機能、運動習慣、代謝の状態といった身体全体のコンディションが、長い時間をかけて脳の健康に影響している可能性があります。
実際、日本では自分の難聴を自覚していても補聴器を使用している人は約15%にとどまるとされますが、自治体による購入助成や早期検診の取り組みも広がり始めています。
認知症は、一つの原因で突然起こるものではありません。
いくつもの要因が重なり、ゆっくりとリスクが積み上がっていきます。
小さな流れが集まって大きな川になるように、日々の条件が未来の姿を形づくっていきます。
その流れを完全に止めることは難しくても、流量を減らすことはできるかもしれません。
試算では、14の要因がそれぞれ10%ずつ減少した場合、認知症の有病割合は約4.7%低下し、約20万人分に相当します。
20%減少すれば、その規模は約40万人に近づきます。
これはあくまで理論上の推計であり、すぐに現れる効果ではありません。
それでも、生活や社会環境の変化が、人口規模で見れば確かな差を生む可能性を示しています。
もちろん、この研究には限界もあります。
データの収集時期はそろっておらず、一部は海外の研究結果を基に補正されています。
それでも、日本の実情に合わせて全体像を描いた点には重みがあります。
認知症は避けられない運命として語られることがあります。
しかし、この推計が示しているのは、未来は固定されたものではないという視点です。
私たちの社会がどのような環境を整え、どのような生活習慣を選び続けるかによって、数十年後の曲線はわずかに傾くかもしれません。
認知症という言葉の重さは変わりません。
それでも、その広がり方は、今日の選択の積み重ねによって、ゆっくりと形を変えていく可能性を残しています。
参考文献:
Wasano K, Jørgensen K. The potential for dementia prevention in Japan: a population attributable fraction calculation for 14 modifiable risk factors and estimates of the impact of risk factor reductions. Lancet Reg Health West Pac. 2026;66:101792. Published 2026 Jan 11. doi:10.1016/j.lanwpc.2025.101792

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
