正直な話、世の中、コーヒー擁護の論文が多すぎる気がしています。
心臓にいい、糖尿病にいい、肝臓にいい、うつにいい、死亡率を下げる―そして今度は「認知症」が対象です。
いつものことですが、半分ジョークでこう言いたくなります。
コーヒー好きの研究者たちが、世界中でメリットを拾い集めているのではないか。
あの手この手でデータを積み上げ、「ほら、やっぱり良いでしょう」と言いたくて仕方がないのではないか。
巨大コーヒーカルテットの存在も、完全には否定できません。
(証拠はありませんが、想像するのは自由です。)
とはいえ、私はコーヒーが好きです。
朝の外来前、まだ患者さんが来る前の診察室で一口飲むあの時間が好きです。
だから、こういう論文が出るたびに「よし来た」と思う自分と、「またか」と少し身構える自分が同時にいます。
このブログでも、私は何度もコーヒーと認知機能の話を書いてきました。
MCIやアルツハイマー病患者を対象に、カフェイン摂取と脳脊髄液バイオマーカーの関連を追った研究。
マウスの海馬で神経新生がどう変わるのかを見た実験。
さらには、カフェインの代謝産物である1-メチルキサンチンにまで踏み込んだ話もありました。
仕組みを追い、分子を追い、動物モデルを追いかけてきたわけです。
今回の論文は、その延長線上にありながら、ちょっと違います。
これは実験室の話ではありません。
米国の看護師と医療職、あわせて13万人以上を最長43年間追跡した前向きコホート研究です。
食事内容は2〜4年ごとに更新され、カフェイン入りコーヒー、デカフェコーヒー、紅茶や緑茶の摂取量を繰り返し評価しています。
認知症の発症は医師診断や死亡記録で確認されました。
追跡期間中に、1万1033人が認知症を発症しました。
カフェイン入りコーヒーの摂取が最も少ない群では、人口10万人を1年間追った場合に換算して330人が発症していましたが、摂取が多い群では141人でした。
生活習慣や既往歴などを調整した後でも、リスクはおよそ18%低い水準です。
お茶でも同様の傾向がみられました。
一方で、デカフェコーヒーでは明確な低下は確認されていません。
主観的に「最近衰えた気がする」と答える人の割合も、カフェイン入りコーヒーやお茶をよく飲む群でやや低く、電話による認知機能検査でも、ごくわずかではありますが良い成績が観察されています。
ただし、量は直線的ではありませんでした。
多ければ多いほど良いという単純な関係ではなく、1日2〜3杯のコーヒー、あるいは1〜2杯のお茶あたりで差が最も大きく、それ以上では追加の違いは目立たなくなります。
カフェイン量にすればおよそ300mg前後、いわば“ほどほど”の領域です。
強い刺激を重ねればよいわけではない。
適度な量を、長く続けること。
その姿勢が、数字の上では静かに浮かび上がっています。
これまで私は、コーヒー豆に含まれるポリフェノールが脳の炎症を抑える可能性についても紹介してきました。
もし主役がポリフェノールなら、カフェインを除いたデカフェでも効果があってよいはずです。
ところが今回の長期追跡では、認知症リスクの低下と関連していたのはカフェイン入りのコーヒーでした。
デカフェでは同様の関連は確認されていません。
ポリフェノール仮説を否定するというよりも、話はもう少し単純ではない、ということなのでしょう。
これまで納得していた説明に、わずかな疑問が生まれました。
コーヒー好きとしては歓迎したくなりますし、医師としては慎重でありたいとも思います。
それでも、これだけの規模と期間で観察された結果は、やはり無視できません。
今日の一杯が未来を保証するわけではありません。
けれど、少なくとも私たちの習慣と認知症発症とのあいだに、測定可能な距離があることは示されました。
さて、この距離をどう受け止めるか。
そこから先は、私たちの判断です。
参考文献:
Zhang Y, Liu Y, Li Y, et al. Coffee and Tea Intake, Dementia Risk, and Cognitive Function. JAMA. Published online February 09, 2026. doi:10.1001/jama.2025.27259

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
