外来で腹部症状を訴える患者を診ているとき、その鑑別にビタミンDの関連を入れることはまずありません。
骨粗鬆症や転倒予防が主な関心事で、腸の不調と直結させて考える習慣は、少なくとも日本の臨床現場では一般的ではないでしょう。
腸の病気は腸の問題、骨の話は骨の話。
長いあいだ、そうやって頭の中で切り分けてきました。
その切り分けに、少し待ったをかけてきたのが、ビタミンDと消化器疾患を扱ったこの総説でした。
ビタミンDは骨代謝に関わる栄養素として知られていますが、論文が扱っているのは、それだけにとどまりません。
腸管免疫、腸粘膜のバリア機能、腸内細菌叢。腸の恒常性を支える複数の仕組みに、ビタミンDが関与している可能性が、整理された形で示されています。
背景としてまず示されるのは、ビタミンD欠乏が決して珍しくないという事実です。
日光曝露の少なさ、食習慣、生活環境などが重なり、地域や人種によって欠乏の頻度には大きな差が生じています。
欠乏が広く存在する状況で、腸の炎症や感染、腫瘍といった病態が語られるのであれば、両者の関係に目を向けること自体は、不自然な発想ではありません。
論文では、皮膚で合成されたビタミンDが肝臓と腎臓で活性化され、その後、腸管上皮細胞や免疫細胞に作用する過程が説明されています。
腸の壁を構成する細胞同士の結合を保ち、過剰な炎症反応を抑え、腸内細菌の構成にも影響を与える。
腸が外界と体内の境界に位置する臓器であることを考えると、ビタミンDがその境界の維持に関わっている、という理解の仕方が成り立ちます。
具体的な病態との関係も挙げられています。
憩室炎では、血中ビタミンDが高い人ほど発症が少ない傾向や、紫外線量の少ない地域で重症例が多いという観察があります。
炎症性腸疾患では、潰瘍性大腸炎やクローン病の患者でビタミンD不足が高頻度にみられ、低値が疾患活動性、再燃、手術リスクと並走することが報告されています。
大腸がんや代謝機能障害関連脂肪性肝疾患についても、同様の関連が繰り返し指摘されています。
一方で、論文は踏み込みすぎない姿勢も保っています。
これらの多くは観察研究であり、因果関係を断定できる材料ではありません。
ビタミンDが低いから病気になるのか、病気や生活背景の結果として低くなるのか、その境界はまだ判然としません。
補充療法についても、再燃が少ない方向を示す報告はあるものの、すべての患者で明確な改善が得られるとまでは書かれていません。
それでも、この総説に目を通して以降、診療中の考え方にわずかなズレが生じました。
腸の炎症が長引く患者や、感染を繰り返す患者、栄養状態が安定しない患者を前にしたとき、ビタミンDを「骨の話」として思考の外に置いたままでよいのか、という引っかかりが頭の片隅に残るようになったのです。
測定されていないもの、考慮されていないものは、臨床では存在しないことになりやすい。
その癖から、自分も自由ではなかったと認めざるを得ませんでした。
ビタミンDは万能薬ではありません。
測定にも補充にも慎重さが求められます。
ただ、腸の病態を免疫、バリア、環境の相互作用として捉えるなら、ビタミンDは周辺的な話題として片づけられる存在ではなく、舞台全体の条件を左右する要素の一つとして考える余地があります。
参考資料:
Johnson DA. The overlooked link between vitamin D and GI health. Medscape. Published May 20, 2025. Accessed January 5, 2026.https://www.medscape.com/viewarticle/overlooked-link-between-vitamin-d-and-gi-health-2025a1000bki

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
