栄養指導というと、私たち医療者は長いあいだ、決まった言葉を繰り返してきました。
「塩分は控えめに」「脂肪はできるだけ避けましょう」。
とくに心臓や血管を守るという目的のもとでは、動物性の脂肪、とりわけ飽和脂肪酸を遠ざけることは、ほとんど疑う余地のない正しさだったはずです。
実際、多くの人がそうした指導を受け、生活の中で忠実に守ってきたことでしょう。
ところが、認知症という病気を前にすると、その正しさが少し揺らぐ場面があります。
心臓と脳は同じ血管でつながっているはずなのに、心臓を守るために選んできた食事が、脳にとっても同じ意味を持つのかどうか。
外来で食事の話をしていると、その問いに即答できない瞬間が確かにあります。
認知症に対する有効な治療が限られる中、予防に関わる生活習慣、とくに食事への関心は高まり続けています。
乳製品もその一つですが、牛乳、ヨーグルト、チーズ、バターでは栄養の構成が大きく異なります。
さらにチーズ一つをとっても、脂肪量や発酵、熟成の違いがあります。
「乳製品は良いか悪いか」という問い自体が、少し乱暴なのかもしれません。
この違和感を、長い時間軸で確かめようとしたのが、スウェーデンで行われた前向きコホート研究です。
1990年代に約2万8千人、平均年齢58歳の住民を対象として詳細な食事調査が行われ、その後およそ25年間にわたり認知症の発症が追跡されました。
食事内容は7日間の記録、質問票、面接を組み合わせて評価され、解析では年齢、教育歴、生活習慣、糖尿病や高血圧といった要因も考慮されています。
追跡期間中に認知症を発症したのは約3200人でした。
ここで一つ、目を引く結果が現れます。
高脂肪チーズ(脂肪20%超)を1日50g以上摂取していた人では、ほとんど摂らない人に比べ、全認知症の発症リスクが低く抑えられていました。
統計的に調整した後のハザード比は0.87でした。
血管性認知症に限ると、この関係はさらに明確になります。
一方、低脂肪チーズや牛乳では、同様の関連は確認されませんでした。
ただし、ここで話は単純ではなくなります。
厄介なのは、「チーズそのものの力」なのか、「チーズを食べる人の背景」なのかが、強く絡み合っている点です。
実際、研究開始時点で高脂肪チーズを多く摂取していた人たちは、年齢が若く、BMI(体格指数)が低く、大学卒業者が多く、糖尿病や高血圧の割合も低い傾向にありました。
つまり、チーズの話をしているようで、実は生活全体の輪郭を見ている可能性があるのです。
脂肪という観点で見ても、結果は一方向ではありません。
バターを多く摂取する人では、アルツハイマー病の発症リスクがやや高くなる傾向が示されました。
また遺伝的背景を考慮すると、APOE ε4(アルツハイマー病の感受性遺伝子)を持たない人では、高脂肪チーズとアルツハイマー病の間に逆方向の関係が現れています。
脂肪が問題なのか、食品の形なのか、あるいはそれを選ぶ人の特性なのか。
答えは一つではありません。
研究では、食品の置き換えも検討されています。
高脂肪チーズを、加工肉や脂肪の多い肉類に置き換えると、認知症リスクは上昇する方向に動きました。
チーズが特別に脳を守る食品というより、日常の食卓で選ばれがちな別の食品を置き換える「位置」に意味があると考えたほうが、臨床感覚には合います。
もちろん、この研究は観察研究であり、因果関係を断定することはできません。
食事内容は原則としてベースラインのみの評価で、長期にわたる変化は反映されていません。
認知症の診断や分類にも制約がありますし、スウェーデンという食文化の文脈を離れて一般化することもできません。
それでもこの研究は、「低脂肪なら安心」「高脂肪は避けるべき」という単純な二分法が、認知症という長い時間の中では成り立たない場面があることを示しています。
高脂肪チーズ50gは、現実的な日常量です。
問われているのは脂肪の量そのものではなく、脂肪がどこに置かれているか。
何を減らし、何を残すのか。
その選択の積み重ねが、少し先の未来に影を落とすのかもしれません。
参考文献:
Du Y, Borné Y, Samuelsson J, et al. High- and Low-Fat Dairy Consumption and Long-Term Risk of Dementia: Evidence From a 25-Year Prospective Cohort Study. Neurology. 2026;106(2):e214343. doi:10.1212/WNL.0000000000214343

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
