会話が途切れた一瞬で、指は画面へ伸びる―不安な心は、なぜ目の前の人よりスマホを選ぶのか

会話が途切れた一瞬で、指は画面へ伸びる―不安な心は、なぜ目の前の人よりスマホを選ぶのか

 

会話が途切れた、その一瞬です。

気まずさが生まれる前に、指は自然とスマートフォンへ伸びます。

隣に誰かが座っていても、この動きは止まりません。

気づけば、沈黙を埋める相手は人ではなく、画面になっています。

この反射のような行為が、いつから当たり前になったのかを、考えることはあまりありません。

 

目の前の相手よりスマホを優先する行動は、ファビングと呼ばれます。

これは電話(Phone)と冷遇(Snubbing)を組み合わせた造語で、文字どおり「画面を見ることで、目の前の人をないがしろにする」行為を指します。

無作法、依存、マナー違反。

そうした言葉で説明されがちですが、この研究は別の角度からこの行動を見ています。

ファビングは、その人がもともと抱えている「不安の扱い方」や「人との距離感」が、現代の道具を通して表に出た姿ではないか、という視点です。

 

研究の中心に置かれたのは、愛着という概念です。

人はそれぞれ、人とつながるときの基本姿勢を持っています。

相手との関係が揺らぐことに強い不安を覚える人がいます。

相手の反応に敏感で、少しの変化にも心がざわつくタイプです。

一方で、親密になりすぎることに居心地の悪さを感じ、一定の距離を保とうとする人もいます。

 

愛着不安が強い人は、ファビングを「する側」にも「される側」にもなりやすい傾向を示しました。

相手がスマホを見るだけで、自分が後回しにされたように感じる。

その不安を打ち消すために、今度は自分がスマホに手を伸ばす。

関係の中で、不安が行き来する構図です。

 

ここで重要な役割を果たしていたのが、物質主義でした。

ただし、この研究で扱われているのは、高価な物を集めるといった分かりやすい物質主義ではありません。

評価や承認、注目といった目に見えないものを価値として追い求める、いわば「非物質的な物質主義(immaterial materialism)」です。

愛着不安が強い人ほど、安心や価値を外側に求めやすくなります。

評価、反応、比較。

スマホの中には、不安を一時的に忘れさせる刺激が並んでいます。

この研究では、愛着不安とファビングの関係の一部が、物質主義を通して説明できることが示されました。

スマホは単なる通信機器ではなく、不安を薄めるための即効性のある手段として使われていたのです。

 

愛着回避の人は、少し違う経路をたどります。

人との距離を保ちたい気持ちそのものが、直接ファビングにつながるわけではありませんでした。

ただし、物質主義が加わると話は変わります。

人との関係よりも、物や情報に価値を置くことで、結果としてスマホ優先の行動が増えていきます。

近づきすぎないための選択が、相手から見れば「無視された」という体験に変わってしまうのです。

この研究が示しているのは、ファビングが人格の問題ではないという点です。

それは、不安や距離感をどう処理しているかが、たまたまスマホという形で表に出ただけの行動です。

だからこそ、「スマホを置きなさい」と言うだけでは、根本は変わりません。

 

もちろん、この研究は一時点での調査であり、因果関係を断定できるものではありません。

対象も若い世代に偏っています。

それでも、目の前の人がいるのに画面を選んだ瞬間、その行動の背後にある心の動きを考える視点は残ります。

 

スマホを見ること自体が問題なのではありません。

その一瞬前に、何を感じていたのか。

沈黙か、不安か、距離の取り方か。

その問いに気づかないまま指を伸ばし続けると、相手との関係は音もなく崩れていきます。

 

参考文献:

Ozimek,  P., Battenfeld,  E., Rohmann,  E., Bierhoff,  H. W., Hart,  C. M., Perks,  R., & Surariu,  C. (2025). Disconnected Connections: How Insecure Attachment and Materialism Drive Phubbing Behaviors. Preprints. https://doi.org/10.20944/preprints202512.1133.v1

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。