動かしていない時間が、上達を決めていた―休憩中に固まる技能の記憶

動かしていない時間が、上達を決めていた―休憩中に固まる技能の記憶

 

「音楽は、音符と音符の間にある」

フランスの作曲家クロード・ドビュッシーが残したとされるこの言葉は、芸術の核心を突いたものでしょう。

鳴っている音そのものではなく、そのあいだに生まれる緊張や流れが、音楽を音楽たらしめるという感覚です。

人が何かを身につける過程にも、よく似た構造があります。

 

指を動かす練習をしているとき、人は「今、上達している」と感じます。

しかし、この研究が示した現実は、少し食い違っていました。

技能は、努力している時間の中でのみ育つわけではありません。

むしろ決定的に形を整えていたのは、練習と練習のあいだ、短い休憩の中で動きを止めていた時でした。

 

対象は健康な成人33人です。

左手で「41324」という数字列を、できるだけ速く正確に打つ運動課題を行います。

10秒の練習と10秒の休憩を交互に36回繰り返し、その全過程をMEG(脳磁図)で記録しました。

解析では、各指の動きに対応する脳活動パターンを抽出し、休憩中にそれらが「正しい順序を保ったまま再び現れる瞬間」を捉えています。

 

行動の変化は、意外なほどはっきりしていました。

技能は、練習中に少しずつ積み上がったわけではありません。

練習が終わり、休憩を挟んだあとに、動作が一段まとめて速くなっていきました。

特に最初の11試行では、上達の大半がこの休憩をまたいだ区間で進んでいました。

 

ここで、一つの思い込みが崩れます。

「一生懸命やっている時間」より、「何もしていない時間」のほうが、上達に効いていたのです。

 

その裏で、脳は止まっていませんでした。

休憩中、訓練した指の動きが、順序を保ったまま繰り返し再生されていたのです。

その再生は実際の動作とは桁が違い、約50ミリ秒で完結していました。

1回の運動系列に約1秒かかることを考えると、脳はおよそ20倍速で過去の行動をなぞっていた計算になります。

 

こうした高速再生は、休憩中に際立って増えていました。

1秒あたり約2.4回という頻度は、訓練前後の安静時を大きく上回ります。

しかも、訓練していない対照の動作列では同じ増加は起きませんでした。

脳は無作為に活動していたのではなく、「今、覚えるべきもの」を選び取って再構成していたのです。

 

活動していた脳領域も、はっきりとした特徴を持っていました。

海馬・嗅内皮質といった記憶に関わる中枢に加え、反対側の感覚運動野、そして楔前部が同時に活動していました。

行動の順序を扱う回路と、指を動かすための回路が、休憩という短い時間の中で結び直されていました。

練習でばらばらになった部品が、休憩中に組み上げ直されていた、と言い換えてもいいでしょう。

 

さらに決定的なのは、この再生と上達の関係です。

休憩中に訓練列の再生が多い人ほど、休憩を挟んだあとの技能向上が大きくなっていました。

一方、訓練していない動作列の再生は、成績と結びつきませんでした。

何が再生されたかが、そのまま上達の中身を決めていたことになります。

 

もちろん限界はあります。

再生の検出は機械学習に依存しており、誤分類の可能性は残ります。

また、再生が上達を生んだのか、上達しやすい脳が再生を生みやすかったのか、その因果の方向は確定していません。

それでも、浮かび上がってくるものは明らかです。

人の脳は、眠っていなくても、練習を止めているあいだに、動きの手順を整え直しています。

 

音楽が音符と音符のあいだで成立するように、技能もまた、動作と動作のあいだで完成していきます。

練習量を増やすことだけが答えではありません。

どこで止まり、どんな休憩を挟むか。

その設計そのものが、上達の速度と質を左右します。

努力とは、ただ動き続けることではなく、どこに「あいだ」を置くかを選び取る行為なのかもしれません。

 

参考文献:

Buch ER, Claudino L, Quentin R, Bönstrup M, Cohen LG. Consolidation of human skill linked to waking hippocampo-neocortical replay. Cell Rep. 2021;35(10):109193. doi:10.1016/j.celrep.2021.109193

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。