だいぶ前の話になりますが、勤務医だった頃、夜にスポーツジムへ通っていた時期がありました。
診療を終えた後のジムでは、シェイカーを振る乾いた音と、色のついたドリンクが当たり前のようにありました。
トレーニングを終え、体は疲れているのに、夜になっても頭だけが冴え続ける。
そんな夜の話を、何度も耳にしました。
この研究は、その光景を数字に置き換えています。
カナダに住む16〜30歳の若者912人を対象に、運動前サプリメントの使用と睡眠時間の関係が調べられました。
調査はオンラインで行われ、過去12か月間の使用経験と、直近2週間の平均睡眠時間が記録されています。
運動前サプリは、カフェイン、クレアチン、BCAA(分岐鎖アミノ酸)、硝酸塩、甘味料などを組み合わせた製品です。
運動パフォーマンス向上をうたう一方で、中核にあるのは高用量のカフェインです。
1回分あたり91〜387mgと幅があり、条件によってはコーヒー数杯分に相当します。
睡眠時間は「5時間以下、6時間、7時間、8時間、9時間以上」に分類され、8時間睡眠が基準に置かれました。
年齢、性別、学歴、抑うつや不安の指標、直近の筋力トレーニング習慣などを調整した解析が行われています。
全体の22.2%が運動前サプリ使用者でした。
ここで浮かび上がったのは、平均の変化ではありません。
運動前サプリを使用した若者は、8時間眠る人と比べて「5時間以下」の睡眠になる確率が約2.5倍でした。
6時間や7時間、あるいは9時間以上では明確な差が出ていません。
睡眠が少しずつ削られるのではなく、短睡眠という谷に落ちる人が増える形です。
この関係を生理学的に見れば筋道は単純です。
カフェインは、眠気を蓄積させるアデノシンの働きを抑え、体内時計の調整に関わるメラトニン分泌を後ろ倒しにします。
夕方以降に摂取すれば、ベッドに入る時刻になっても脳は「まだ活動時間だ」と判断し続けます。
疲労感と覚醒が同時に存在する、あの奇妙な夜は、このズレから生まれます。
就寝の12〜14時間前までにカフェインを避けるという提案もありますが、仕事や授業の後に運動する生活では、その条件を満たすのは簡単ではありません。
眠りは、意志で切り替えられるものではありません。
時間をかけて進む回復の工程があり、その後半に強い覚醒刺激を差し込めば、翌朝に不具合が出ます。
運動の効率を高めるための選択が、回復の量そのものを削ってしまう構図です。
もちろん限界はあります。
オンライン調査で参加者の偏りがあり、睡眠は自己申告の一項目です。
運動前サプリも使用の有無のみが問われ、摂取量や時刻、製品差は評価されていません。
短睡眠が先にあり、覚醒を求めてサプリに手が伸びた可能性も残ります。
それでも、夜のジムで見た風景と、この結果は無関係ではありません。
運動のために選んだ一杯が、眠りの量を削っていないか。
パフォーマンスを高めるつもりで、土台を削っていないか。
その答えは、トレーニングを終えて帰路についたあと、意外な重みで残っていたことになります。
参考文献:
Ganson KT, Testa A, Nagata JM. Use of pre-workout dietary supplements is associated with lower sleep duration among adolescents and young adults. Sleep Epidemiol. 2025;5:100124. doi:10.1016/j.sleepe.2025.100124

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
