ドキュメンタリー映画『オーシャンズ』には、解説がほとんどありません。
海が広がり、生き物が現れ、互いの距離が変わっていくだけです。
そこに友情や物語は与えられず、どこにいるのか、どこに向かうのかだけが展開されていきます。
カナダ西岸の海で観察された、シャチとカマイルカの関係も同じ構図にあります。
魚を主食とするシャチと、俊敏に動くイルカ。
彼らは群れを統合せず、長く連れ立つわけでもなく、特定の条件下でだけ同じ場所に現れます。
研究者たちは、シャチに吸盤式の記録装置を装着し、行動・音・深度を同時に追跡しました。
加えてドローン映像を用い、海上から両者の位置関係を記録しています。
そこで確認されたのは、情緒的な結びつきではなく、どちらが相手に合わせて動いているかが読み取れる行動でした。
イルカが近くにいるとき、シャチは進路をイルカ側へ合わせる傾向を示します。
潜水は深くなり、探索の動きはより直線的になります。
狩りの局面で、役割分担が生じていることは明らかでした。
しかし、この研究で最も印象的なのは、行動ではなく音の変化です。
通常、シャチはエコーロケーションを使い、反響音から獲物の位置を把握します。
ところがイルカが同伴している場面では、その使用頻度が大きく減少しました。
代わって海中に響いていたのは、イルカのクリック音です。
シャチは、自ら探す量を減らしていました。
探索の一部を、イルカの感覚に委ねていたと解釈できます。
ここにあるのは、助け合いではありません。
一時的な機能の接続です。
イルカは広範囲を高速で探索し、シャチは深く潜って大型の獲物を仕留める。
両者の能力が補完関係にあるときだけ、この配置が成立します。
餌を巡る争いが起きにくい理由も、そこにあります。
対象となるキングサーモンは、シャチが裂いて処理します。
イルカはその過程で生じる残りを回収する。
役割が重ならないため、衝突が生じる余地がありません。
この研究が示しているのは、異種間の関係が感情ではなく条件によって組み上がるという事実です。
同じ相手でも、環境や獲物が変われば、この関係は成立しない可能性があります。
海では、関係は軽くなければ続きません。
必要なときにだけ接続され、役目が終われば解かれる。
それが、野生の知性にとって最も合理的な形です。
シャチが音を減らした、その瞬間。
海中では、異なる感覚が一つの目的に向かって束ねられていました。
言葉も合図もなく、条件が整ったときだけ現れる、短い同盟でした。
参考文献:
Fortune, S.M.E., Cheng, X., Holmes, K. et al. Cooperative foraging between dolphins and fish-eating killer whales. Sci Rep 15, 42897 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-025-22718-4

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
