石の傷跡は残った―ネアンデルタールの「火起こし」

石の傷跡は残った―ネアンデルタールの「火起こし」

 

ジャン=ジャック・アノー監督の映画『人類創世(Quest for Fire)』では、火は守るものとして描かれます。

消えれば終わり。

雨は脅威で、夜は敵です。

登場人物たちは、火を中心に集まり、移動し、眠ります。

火は道具というより、そこに身を置けるかどうかで生死が分かれる「環境」に近い存在です。

 

この描写は、人類史のある真実を捉えています。

ただ、そこで一つだけ、画面に映らない問いが残ります。

もし火が消えたとき、彼らの手が次の動作「火起こし」へ移っていたとしたら。

守る火が失われた瞬間に、別の火が始まる身体の記憶があったとしたら、あの緊張感は違って見えるはずです。

 

本研究が扱ったのは、約5万年前のフランス、後期ムスティエ文化層から出土したネアンデルタール人の両面石器です。

石器の表面に刻まれた微細な摩耗、使われた結果として残った線と面の配置を顕微鏡で観察しました。

 

石器には、刃とは無関係な平坦面やわずかに盛り上がった面に、粗い研磨痕が現れ、その上を一定方向に揃った条線が走っていました。

条線は石器の長軸とほぼ平行で、小さなC字状の打撃痕が同じ向きに並びます。

偶然の摩耗ではなく、繰り返された動作の痕跡です。

石は、力のかかり方と手の向きを、刻印していました。

 

この痕跡の意味を確かめるため、研究者たちは複製した両面石器で実験を行いました。

黄鉄鉱を石器表面に斜めに当て、打ち、擦る。

火花が飛ぶ操作を重ねると、出土品とよく似た研磨面と条線配置が再現されました。

一方、石英や砂岩、顔料鉱物の処理では、似た傷ができても、向きと配置が揃いませんでした。

火花を出す手つきには、固有の癖があり、その癖が石に残ります。

 

さらに印象的なのは、石器本体ではなく、整形の過程で剥がれ落ちた整形剥片です。

解析された49面のうち34面に、同じタイプの摩耗が確認されました。

石器は使われ、研ぎ直され、表面の記憶を失います。

しかし、その記憶は剥片として地面に残る。

火を起こした痕跡は、完成品ではなく、捨てられた破片の側に蓄積していました。

 

周囲の遺跡状況も、この読み取りと合致しています。

焼けた骨、熱を受けた石器、燃焼を助ける鉱物の使用。

火花を生む動作と、燃え移りやすい素材を選ぶ判断が、切り離されずに存在していた気配が見えてきます。

火は偶然に拾われる現象ではなく、再現可能な出来事として扱われていた可能性があります。

 

ここで描かれるネアンデルタールは、特別に進歩的な存在ではありません。

彼らは両面石器を万能道具として使い倒していました。

切る、削る、叩く、そして火花を引き出す。

必要なのは新しい道具ではなく、どの面を、どの角度で、どの強さで使うかという手順でした。

両面石器は、多機能な発明品ではなく、繰り返される動作のために形が選び抜かれた道具だったのです。

 

この研究にも限界はあります。

黄鉄鉱そのものは保存されにくく、判断は摩耗パターンの一致に基づきます。

すべての集団が常に火を自力で起こしていたとも言えません。

ただ、それでも、少なくとも一部のネアンデルタールが、火を「守るもの」から「起こせる現象」へと認識していたことは、石の表面が雄弁に語っています。

 

『人類創世』では、火が消えるたびに旅が始まります。

約5万年前の現実では、火が消えたとき、旅ではなく「火起こし」の動作が始まっていたのかもしれません。

夜の冷え込みの中、石器のある面を選び、黄鉄鉱を当て、火花を受け止める。

その一連の手順は、成功するまで何度も繰り返されたはずです。

石に残った条線は、火がついた瞬間ではなく、つくまでやめなかった手の記録です。

 

火は消えます。

でも、手順は残ります。

 

参考文献:

Sorensen, A.C., Claud, E. & Soressi, M. Neandertal fire-making technology inferred from microwear analysis. Sci Rep 8, 10065 (2018). https://doi.org/10.1038/s41598-018-28342-9

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。