眠りすぎってどうなの?―9時間睡眠が語るもの

眠りすぎってどうなの?―9時間睡眠が語るもの

 

昔話には、眠りが特別な力をもつ世界が描かれています。

グリム童話の「茨姫」では、姫が深い眠りに落ちることで物語が動き始めます。

長く続く眠りは、外からは静止して見えても、その奥では何かが変わろうとしている“時間”として描かれています。

診察室で「最近どうにも眠りが長いんです」と語る患者さんの声を聞くと、私はふとこの物語を思い出すことがあります。

眠りの奥に、言葉にしにくい変化を抱えている点が共通して見えるからです。

 

睡眠は、体の修復や記憶の整理、感情の調整を担う基盤です。

短い眠りが健康に影響することは広く知られていますが、「長すぎる眠り」の意味はこれまで十分に理解されてきませんでした。

そこで、大規模な追跡研究をまとめ、睡眠時間と死亡リスクの関係を読み解こうとした解析が行われました。

 

基準となる1晩7〜8時間と比べると、7時間未満の睡眠では死亡リスクが14%上昇し、9時間を超える睡眠では34%の上昇がみられました。

一見すると長い眠りが問題に見えますが、その背景には別の事情があります。

心不全、慢性の痛み、呼吸器疾患などを抱える人ほど疲労が積み重なり、自然と睡眠時間が延びやすくなります。

長い眠りという現象は、体が負荷に向き合っている姿を映すことがあるのです。

 

睡眠と健康の関係は単純ではありません。

短い眠りが続けば血糖や血圧の調整が乱れ、逆に体の不調が強まれば眠りが深く長くなる。

両者が影響し合い、生活の中で複雑に入り組んでいます。

眠りを一枚の風景にたとえるなら、その明暗には背景にある地形が影を落とします。

 

必要な睡眠量は年齢によって大きく変わりません。

成人は7〜9時間が中心で、若者はやや多めの睡眠を必要とします。

高齢になると途中覚醒が増えやすいものの、必要量そのものは若いころと大差ないと考えられています。

重要なのは、寝つきの良さや途中覚醒の少なさ、毎日ほぼ一定の時刻に起きるというリズムの安定です。

 

今回の解析にも限界があります。

睡眠時間は自己申告が主体であり、実際の眠りとはずれが生じます。

生活環境や社会的背景も完全には調整できず、因果関係の断定には慎重さが必要です。

研究の多くが欧米のデータに基づいている点も、他地域に当てはめる際には配慮が必要です。

 

それでも、日々の暮らしに重ねてみると、眠りの変化は大切な手がかりになります。

普段より眠りが長く続くとき、それは体が発する控えめな合図かもしれません。

茨姫が長い眠りののちに新たな時間へ踏み出したように、私たちもまた、変化の前触れとして眠りの揺らぎを受け取ることがあります。

睡眠を責めるのではなく、その背景にそっと目を向けることで、自分のリズムを整える道が少しずつ開けていくのだと思います。

 

参考文献:

Ungvari, Z., Fekete, M., Varga, P. et al. Imbalanced sleep increases mortality risk by 14–34%: a meta-analysis. GeroScience 47, 4545–4566 (2025). https://doi.org/10.1007/s11357-025-01592-y

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。