ピックルボールのコートで起きていること―“遊ぶ量”が心をどう動かすのか

ピックルボールのコートで起きていること―“遊ぶ量”が心をどう動かすのか

 

「ピックルボール」というスポーツがあるらしいです。

この論文を読むまで、私は聞いたこともありませんでした。

調べてみると、アメリカでは高齢者を中心に人気が広がり、朝の公園でも人が自然に集まるといいます。

激しい動きは少なく、打ち返すたびに小さな心地よさが返ってくる。

続ける理由は派手さではなく、“やってみると具合がいい”という身体の感覚にあるのだと思いました。

 

とはいえ、この研究が焦点にしたのは競技そのものの流行ではありません。

中心にあるのは、「どれだけプレーしているか」という“量”が心の状態とどう結びつくかという問いです。

研究者がピックルボールを舞台に選んだのは、特別な象徴性ではなく、実際に続けている人が多く、頻度や時間を生活単位で把握しやすいという、研究上の現実的な理由が大きいのです。

 

調査はオンラインで行われ、月1回以上プレーする18歳以上の1,758人が回答し、1,667人が解析対象となりました。

平均年齢は62.8歳、女性が約55%。

週あたりのプレー頻度は「週2回以下/週3回以上」、1回の長さは「2時間以下/2時間超」に分類されました。

心の状態はWHO-5ウェルビーイング指数(0〜100点換算)で評価され、年齢、性別、過去のけが、他のスポーツ参加の有無を調整したうえで、量とウェルビーイングの関係が検証されています。

 

数字を並べると、上方向への連続した段差が見えてきます。

週3回以上プレーする人の平均スコアは77.5点で、週2回以下の73.5点を上回りました。

1回2時間超のプレーでは平均77.7点となり、2時間以下の74.9点より高値でした。

統計解析でも、週3回以上は週2回以下より+3.3点、1回2時間超は2時間以下より+3.0点、ウェルビーイングが高い方向に傾いています。

特に63〜77歳ではこの“量と心”の結びつきが強まり、積み上げた分だけ心の底が少し持ち上がるような傾向がみられました。

一方、過去1年にけがをした人は全体的に2〜3点低く、継続の上で“無理のない負荷”が重要であることも浮かび上がります。

 

ここに描かれているのは、競技の派手さではありません。

ひとつひとつの「動いた分量」が、心の輪郭を整える力として働くという、ごく実践的な構図です。

週に何度か身体を動かし、短い距離を移動し、誰かとラリーを交わす。

その積み重ねが心に作用し、1回の時間がわずかに延びるだけでも、効果が地層のように重なっていく。

ピックルボールは、この変化を日常の尺度のまま測れる舞台でした。

 

もちろん、この研究だけで因果関係を断定することはできません。

横断研究であり、データは自己申告です。

もともと気分の良い人がたくさんプレーしていた可能性も否定できません。

それでも、頻度と時間の二軸で同じ方向の変化が見えることは、生活者にとって十分な意味を持ちます。

 

結局、高齢者にとって運動とウェルビーイングの関係は複雑ではありません。

華やかな技能よりも、強い負荷よりも、けがをせず、息が上がりすぎず、飽きずに続けられるかどうか。

その一点がすべてを左右します。

ピックルボールは、この“続けられる条件”を満たしていたからこそ、量が積み重なり、心の安定へとつながっていました。

運動の種類ではなく、負担と楽しさの釣り合いが取れた行動を、無理なく続けられるかどうか。

今回の研究は、その核心を数字として示したものだと言えます。

 

参考文献:

Owoeye OBA, Grese J, Stenersen M, Yemm T, Sebelski C, Sniffen K. The more you play, the better you feel: a dose-response analysis of pickleball and mental wellbeing in U.S. adults. Front Psychol. 2025;16:1676695. Published 2025 Oct 1. doi:10.3389/fpsyg.2025.1676695

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。