予測の影が立ち上がるとき―既視感が生む“未来を知る気がする”錯覚

予測の影が立ち上がるとき―既視感が生む“未来を知る気がする”錯覚

 

1999年公開の映画『マトリックス』では、主人公が同じ黒猫を二度見る場面が描かれています。

その一瞬のズレが世界の裏側を示す“兆し”のように感じられ、観客の胸にざらりとした既視感が残ります。

日常でも、同じように「この場面を知っている気がする」「次にどうなるか分かる気がする」という感覚がふっと立ち上がることがあります。

この不思議な体験の仕組みを、実験心理学が丁寧に解きほぐした研究をここで紹介します。

 

既視感と「未来が読めるような気分」は昔から関連すると考えられてきました。

しかし、それらの関係が本当に因果なのか、それとも質問の仕方に誘導された答えなのかははっきりしていませんでした。

今回の研究では、デジャヴという言葉を一度も出さず、空間のなじみだけを人工的に変化させることで、この“予測できる気がする感覚”の正体に迫ろうとしました。

 

研究では三つの実験が行われています。

まず参加者に仮想空間の映像ツアーを見てもらい、ある配置を1回、別の配置を3回見せ、記憶の強さを段階的に作ります。

その後、まったく新しい映像を提示しますが、半数は以前の映像と同じ空間構造を持つように作られています。

映像は最後の角を曲がる直前で止まり、参加者には「どちらに曲がると思うか」を答えてもらいます。

研究者は、元の映像を思い出せなかった試行に絞り、純粋な“なじみの強さ”が予測の感覚をどう押し上げるかを調べました。

 

まったく新しい配置では、予測できる感覚はほとんど生じませんでした。

一方で、1回見た配置と重なる新しいシーンでは予測感がわずかに高まり、3回見た配置と重なるシーンではその感覚がさらに強まっていました。

しかし、実際の正答率は偶然と同じ範囲にとどまり、あくまで“当たる気がしただけ”の状態です。

つまり、なじみの強さが増すほど予測できるという感覚が高まりますが、未来を言い当てる能力そのものは向上していなかったのです。

 

研究チームはこの現象を、脳の「親しさを検知する仕組み」によって説明しています。

空間配置が過去に経験した何かに似ていると、脳は意識しないまま“これは知っている”という信号を出します。

その信号がそのまま「次にどう動くか分かる気がする」という確信へ変換されるのです。

映画『マトリックス』の黒猫のように、一瞬の反復が世界の構造を理解したような錯覚を生むのと似た現象と言えます。

 

もちろん、この研究には限界があります。

扱っているのは空間情報だけで、顔や声といった別のタイプの“なじみ”が同じ効果を生むかどうかはまだ分かっていません。

また、予測の感覚がどれほど持続するのかも、今後の課題として残されています。

 

それでも、この研究が示す本質は明確です。

予測できるように感じる瞬間は、脳が過去の経験を材料にして世界を理解しようとしているときに生まれる“影”のようなものです。

未来を読む能力の兆しではありませんが、脳が働き続けている証のような現象とも言えます。

その錯覚の奥には、世界を少しでも先回りしようとする脳の誠実な努力が息づいています。。

 

参考文献:

Huebert AM, Myers SJ, Cleary AM. Experimental evidence that illusory feelings of prediction can be caused by familiarity detection. Conscious Cogn. 2025;133:103904. doi:10.1016/j.concog.2025.103904

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。

 

YouTubeもあります。