昭和40年男の自分にとって、カメレオンといえば仮面ライダー第6話の「カメレオン男」でした。
体色を変え、壁をよじ登り、左右に飛び出した眼球がぎょろりと動く。
あの怪人像が、幼い感覚を今もどこかで支配している。
しかし大人になり、YouTubeで本物のカメレオンの映像を眺めていると、その“ぎょろり”は怪人より静かで、精密で、むしろ不気味なほど落ち着いています。
左右の眼が同時に別方向を探るあの動きは、かなり特殊なものです。
本物のカメレオンの眼は、水平方向で180度以上、垂直方向でも90度以上動かせます。
人間の可動域(水平約80度・垂直約70度)と比べると、もはや別世界です。
これほど極端に眼が動くなら、脳と眼をつなぐ視神経にはどれほどの負荷がかかるのか。
しかし従来の解剖では、柔らかい神経組織は切り開く瞬間に形が歪んでしまい、本来の姿を把握できませんでした。
ここに研究のブレイクスルーが求められていました。
研究チームは34種のトカゲ・ヘビの頭部をヨウ素で染め、マイクロCTで三次元化しました。
切らずに視神経の走行を追える手法により、樹上性のChamaeleo、地表性のBrookesiaとRieppeleonの3種を精密に比較できました。
さらにベールカメレオン胚を卵内発生100・150・200日でスキャンし、視神経の形成過程を立体的に記録しました。
得られた三次元像は、教科書の常識を裏返すものでした。
視交叉から眼球までの直線距離よりも、視神経そのものがはるかに長く、途中で折れ、曲がり、コイル状に巻かれています。
視神経の実長を直線距離で割った比は、Brookesiaで左3.36・右2.25、Rieppeleonで1.72・2.33、Chamaeleoで1.89・1.67。
他のトカゲやヘビが1前後に収まるのとは対照的で、統計的にも突出した値でした(p<0.0001)。
ここには、巨大な眼球可動域を成立させるための“余長(よちょう)”が明確に存在していたのでした。
大きく動く眼球を支えるため、神経をあらかじめ巻いておく。
巻き尺をぎりぎりに伸ばすのではなく、少し余裕を残して使うほうが内部のバネが傷まないのと同じ考え方です。
頭を大きく振りづらい体、動かずに獲物を狙う狩りの戦略、そして異様な眼の自由度―その三つを接続するのが、この「たるんだ視神経」です。
視神経への張力を減らす仕組みは、ヒトの視神経障害や緑内障を考えるうえで新しい視点を与えます。
動かす構造ではなく、“引きちぎられない構造”をどう作るかという問題です。
ただし、この研究は形態比較が中心で、神経の弾性や張力の定量化には踏み込んでいません。
解析したカメレオンは3種のみで、他の樹上性動物や哺乳類との系統横断的な比較もこれからです。
視神経の余長が環境や行動によってどこまで変化するのか―進化の物語はまだ先があります。
生き物は、広い視野を得るためにまったく異なる選択肢を歩んできました。
フクロウは眼球そのものをほとんど動かせない代わりに、首の骨格を極端にしならせ、270度回転できる仕組みを手に入れました。
一方でカメレオンは、首を大きく動かすという選択肢を自ら封じ、眼だけを自由に巡らせる道を選んでいます。
どちらも同じ課題に向き合いながら、辿りついた姿はまったく違います。
その違いを支える解剖学的な答えが、強い張力を避けるという設計です。
子どものころの「カメレオン男」は、ただの怪人に見えていました。
しかし現実のカメレオンは、力ではなく“余長”で眼を守っている。
YouTubeの画面に映るあの静かな眼の動きの奥には、引きちぎられないための構造が密かに巻かれている。
生き物はどこまで、自らの動きを守るために“余白”を進化させてきたのか。
私たちの身の回りにも、まだ見抜けていない構造の知恵が潜んでいるのではないか―そんな予感を抱かせます。
参考文献:
Collins, E., Bauer, A.M., Diaz, R.E. et al. A new twist in the evolution of chameleons uncovers an extremely specialized optic nerve morphology. Sci Rep 15, 38270 (2025). https://doi.org/10.1038/s41598-025-20357-3

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
