ランニング:走りすぎの境界―「10%の壁」が故障を招く

ランニング:走りすぎの境界―「10%の壁」が故障を招く

 

最近はもっぱら朝ランを専門にしています。

湿り気を含んだ風が心地よく、走っていくうちに一日の輪郭が少しずつ見えてきます。

そして、調子のいい朝ほど、足が勝手に前へ出てしまうものです。

クリニック前の坂を上り、コンビニの角を右に折れると、石嶺交差点へ抜ける1周5.5キロの周回路—私が勝手に「Aコース」と呼んでいる道です。

走りながら気分がのってくると、少しだけ距離を延ばす「A´コース」に足を向けてしまう。

その“少し”が積み重なると、背中やふくらはぎに鈍い違和感が現れます。

いつも患者さんに「無理しすぎないように」と声をかける自分が、距離の上乗せに弱い—そんな自戒を胸に、今日は“走りすぎ”の境界について考えてみたいと思います。

 

ランナーの故障は「やりすぎ・早すぎ」が原因とされますが、どこから先が“やりすぎ”なのかは曖昧でした。

そこで海外の研究チームは、GarminのGPSデータと週次アンケートを用いて、18か月にわたり5,205人の一般ランナーを追跡しました。

焦点は3つの「距離の増え方」です。

(1)単一セッションの距離が直近30日で最長だったランの何%増か

(2)急性・慢性負荷比(ACWR)(直近1週/過去3週)

(3)週ごとの比(今週/先週)。

 

研究では、自己申告のオーバーユース(使いすぎ)障害の初発をアウトカムとし、多状態コックス回帰で年齢、性別、BMI、既往、走歴を調整しました。

そのうえで、距離の増加を「10%以内」「>10–30%」「>30–100%」「>100%」の4段階に区分しています。

 

* 5,205人のうち1,820人(35%)が何らかのランニング障害を報告、うち1,311件がオーバーユースでした。

* 単回セッションでの距離スパイクが>10%になると故障率が上昇:>10–30%でHRR 1.64、>30–100%で1.52、>100%で2.28。

* 逆にACWRでは、大きなスパイクほど故障率が下がる傾向(>100%でHRR 0.75)。

* 週ごとの比(今週/先週)には有意な関連が見られませんでした。

 

身体は“総距離の帳尻”よりも、その日の一本の無茶に敏感です。

音量つまみを一気に回すとスピーカーがビリつくように、最長距離を超える急な上乗せが組織の耐性をこえ、微細な損傷の累積を招きます。

「10%以内なら安全」とも言い切れません。

1〜10%の増加でもややリスクは上向きで、連日の10%増は回復時間を奪うからです。

結局、守るべきは“その日だけの最長更新を欲張らない”というリズムでしょう。

 

ただし限界もあります。

障害は自己申告で、負荷の指標は距離(スピードや高低差は反映しにくい)です。

対象は男性が多く、結果の一般化には注意が必要です。

それでも、セッション単位のスパイクを抑えるという考え方は、日々の実践に落とし込みやすい指針になります。

 

調子の良い朝ほど、最長更新の誘惑は強いものです。

けれど、次の良い朝を迎えるために、今日は“ちょい伸ばし”を見送る。

ランと診療のどちらにも通じる慎重さを、これからも大切にしていきたいと思います。

 

参考文献:

Schuster Brandt Frandsen J, Hulme A, Parner ET, et al. How much running is too much? Identifying high-risk running sessions in a 5200-person cohort study. Br J Sports Med. 2025;59(17):1203-1210. Published 2025 Aug 26. doi:10.1136/bjsports-2024-109380

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。