私はマイカー通勤なので、ゆいレールはほとんど利用しないのですが、たまに乗るとその混み具合に驚かされます。
県民としては「利用者が増えているのは良いことだ」と安心する一方で、「空港まで立ちっぱなしは少しつらいな」と内心ぼやくこともあります。
通勤で使う知り合いによると、始発のてだこ浦西駅の時点で座席が埋まっているそうですから、確かに那覇市民の足として根づいているのでしょう。
混雑した車内では、多くの人がスマホに没入するか、あるいは私のように窓の外を眺めるか、それぞれの「自動操縦モード」で過ごしているように見えます。
そんな決まりきった日常の風景に、もし突飛な「異物」が紛れ込んだとしたら、私たちの行動はどう変わるでしょうか。
イタリアの研究チームは、この素朴な疑問を確かめるために、ミラノの地下鉄で実験を行いました。
彼らが日常に持ち込んだ「遺物」とは、なんとマントを翻すバットマン(!)。
目的はただひとつ―その予期せぬ存在が、乗客の「思いやり」にどんな変化をもたらすかを見ることでした。
研究チームは、妊娠しているように見える女性が電車に乗る場面を138回観察しました。
通常の状況(対照群)では、乗客が席を譲る確率は37.7%。
ところが、別のドアからバットマンの衣装を着た人物が現れると、その確率は67.2%に跳ね上がりました。
つまり、バットマンの存在だけで、席を譲る人が約1.8倍に増えたのです。
さらに驚くのは、席を譲った人の約44%が「バットマンに気づいていなかった」と答えた点です。
非日常的な存在が場の空気をわずかに変え、人々の注意を「今、この瞬間」へと引き戻したのかもしれません。
研究者たちは、この現象を「バットマン効果」と名づけました。
予期せぬ出来事が日常の自動的な行動パターンを断ち切り、注意を再び現在に向ける―その一瞬に、人は他者への感受性を取り戻すというのです。
心の奥で、見えない目覚まし時計がチリリと鳴るような感覚、と言えば近いでしょうか。
もちろん、この実験には限界もあります。
舞台はミラノの地下鉄に限られ、文化や社会的背景が異なれば結果も変わるかもしれません。
また、バットマンという象徴が「正義」や「ヒーロー的価値観」を呼び起こした可能性も残ります(笑)。
それでも、予期せぬ出来事が人の優しさを呼び覚ます―この発見は、現代社会にちょっとした希望を灯します。
ゆいレールの車内でも、ふとした笑顔や小さな変化が、誰かの心のスイッチを入れるかもしれません。
灰色のルーチンを抜け出すその瞬間、私たちは再び、誰かのために動ける存在へと戻る。
そう願いたいものです。
参考文献:
Pagnini, F., Grosso, F., Cavalera, C. et al. Unexpected events and prosocial behavior: the Batman effect. npj Mental Health Res 4, 57 (2025). https://doi.org/10.1038/s44184-025-00171-5

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
