合理性より意地をとる―後戻りできないヒトの心理

合理性より意地をとる―後戻りできないヒトの心理

 

1983年公開のコメディ映画に、『ナショナル・ランプーン/ホリデーロード4000キロ』というのがあります。

主人公である父親のクラークは、家族をオンボロの車に乗せ、シカゴからカリフォルニアのテーマパークを目指します。

しかし、その旅路はトラブルの連続。

そのたびに妻は「もう飛行機で行きましょうよ」と、至極まっとうな代替案を出します。

ところがクラークは、意地でも車での旅に固執するのです。

 

この非合理的なまでの頑固さ。

これは単に笑い飛ばすには、私たちにも心当たりがありすぎる行為ですね。

実はこの「後戻りを嫌って非効率な道を選ぶ」心の働きこそ、カリフォルニア大学バークレー校の研究者たちが「引き返し回避(Doubling-Back Aversion)」と名付けた、人間くさい心理現象です。

 

この心理を裏付ける、面白い実験があります。

仮想現実(VR)の実験では、参加者はVR空間内で目的地に向かって歩きます。

途中、近道があることを示す地図が現れますが、その近道を選ぶには「今来た道を引き返す」必要があります。

その結果、実に56.7%もの人が、効率的な近道よりも、引き返したくないばかりに、わざわざ時間のかかる遠回りを選びました。

一方で、引き返す必要がない条件では遠回りを選んだのは31.0%だけでした。

 

また別の実験では、単語探しゲームを行いました。

参加者は最初に「Gで始まる単語を40個書く」課題に取り組みます。

10個書いた時点で、より簡単な「Tで始まる単語を30個書く」課題への切り替えが提案されました。

その際、切り替えを「これまでの作業を破棄してやり直す」と説明されたグループでは、わずか25.5%しか簡単な課題への切り替えを選びませんでした。

一方、「残りの作業を切り替える」と説明されたグループでは75.4%が楽な道を選びました。

やることは全く同じでも、「やり直し」という感覚一つで、人の判断は大きく変わるのです。

 

では、この頑ななまでの「引き返し嫌い」はどこから来るのでしょうか。

研究によれば、主な理由は2つあります。

一つは、それまでの進捗や努力が「消去」される感覚。

もう一つは、また「全てをやり直さなければならない」という感覚です。

 

一度積み上げた努力が水泡に帰すのは、たとえそれが自分のミスでなくても耐え難いものです。

その感情が、合理的な判断を上回ってしまうことがあるのです。

 

私たちは、常に効率的な判断を下しているわけではありません。

過去の努力を「無駄だった」と認めたくないために、結果的により多くの時間を無駄にすることもあります。

 

この「引き返し回避」という心のクセを知っておけば、後戻りに見える道が提示されたとき、胸に湧き上がる抵抗感の正体を少しだけ冷静に見つめることができるかもしれません。

その道こそが、本当の近道である可能性もあるのですから。

まあ、どうしても嫌なら、遠回りを選ぶのもまた、人間らしい選択と言えるのかもしれませんが。

 

参考文献:

Cho, K. Y., & Critcher, C. R. (2025). Doubling-Back Aversion: A Reluctance to Make Progress by Undoing It. Psychological Science, 36(5), 332-349. https://doi.org/10.1177/09567976251331053 (Original work published 2025)

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。