2001年に公開された映画『アザーズ』は、観る者の静かな恐怖をかき立てる作品です。
第二次世界大戦後のイギリス、人里離れた大きな屋敷で、ニコール・キッドマン演じる母親グレースが暮らしています。
屋敷には光に過敏な病気を持つ二人の子供がおり、深い霧に包まれています。
奇妙な物音や誰もいないはずの部屋からのピアノの音が、グレースに「誰か他の者」がいるという不安を抱かせます。
映画『アザーズ』は、屋敷という閉鎖空間が私たちの内面に潜む不安を映し出すように描かれています。
この映画のように「誰もいないはずの場所で誰かを感じる」経験は、心理学的にも特別な現象ではありません。
最近チェコで行われた心理学の研究によると、「誰かがそばにいるような感覚」は、人が暗闇の中で孤立し、視覚や聴覚が遮断され、不安や曖昧さを感じている状況で起きやすいことが分かりました。
実験には126人の大学生が参加しました。
彼らは暗い実験室でアイマスクと耳栓を装着したまま、30分間ひとりで座ります。
一部の参加者には、「実験中に誰かが誤って部屋に入ってくるかもしれない」と事前に伝えられ、もう一方のグループは何も知らされませんでした。
参加者の皮膚の電気的変化を測定し、不安やストレスの程度をモニターしたところ、視覚や聴覚が制限された状況で、人は普段以上に体の内側からの曖昧な情報や予測に頼るようになることが分かりました。
こうした不確実な状況では、「誰かがそばにいる」という感覚が強まります。
一方で、実際に誰かが入室するかもしれないという前情報そのものは、それほど強い影響を与えませんでした。
むしろ、身体の不安反応や内面的な曖昧さが強いほど、存在感を感じやすくなりました。
また、「イメージに影響を受けやすい人」は特にこの感覚を抱きやすく、「空想に耽りやすい人」は逆に視覚的な存在感を感じにくいという結果もありました。
空想好きな人は孤立した状況でも自分の世界に入り込みやすく、不安に意識が向かないのかもしれません。
この現象を理解するために役立つのが「予測処理理論」という考え方です。
私たちの脳は常に環境の変化を予測し、実際の感覚と照らし合わせながら周囲の状況を理解しています。
しかし視覚や聴覚が遮断されると、脳は曖昧な情報を元に想像を膨らませ、「誰かがいるかもしれない」という予測を生み出してしまいます。
これは進化の過程で身につけた「安全策」のようなものです。暗闇の中で「誰もいない」と油断するより、「いるかもしれない」と考えた方が、生存の確率が上がるからでしょう。
こう考えると、誰かの視線を感じることは不気味ですが、決して異常ではないということになります。
孤独で不安な状況では誰でもそんな感覚を抱く可能性がある―そう知るだけで、一人で過ごす夜のひと時が少しだけ落ち着いたものになるかもしれませんね。
参考文献:
Nenadalová, J., & Řezníček, D. (2024). Sensing ghosts and other dangerous beings: uncertainty, sensory deprivation, and the feeling of presence. Religion, Brain & Behavior, 15(2), 128–143. https://doi.org/10.1080/2153599X.2024.2305460

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
