怖いもの見たさは本能だった?―不安と注意の関係

怖いもの見たさは本能だった?―不安と注意の関係

 

映画『NOPE/ノープ』(2022年)では、空に潜む謎の飛行物体が、直接視線を向けた者を襲うという設定があります。

主人公のOJはその存在が危険だと理解していながらも、ついつい空を見上げ、その不気味な存在から目を逸らせないシーンが繰り返し描かれています。

これは、人間が脅威や恐怖を感じるものから目を逸らすのが難しいことを象徴的に示しています。

 

この映画が示すように、実際の心理学研究でも、人間は脅威に対して本能的に敏感な反応を示すことが知られています。

クモやヘビの画像を見ると目を逸らすのが難しいのはその典型例です。

ところが、一般的に言われてきた「不安が強い人ほど脅威から目を逸らしにくい」という通説は、最近の研究で再検証されつつあります。

 

ニューサウスウェールズ大学の研究チームは、不安感が高い人が本当に脅威から注意を逸らしにくいのかを調べるため、注意を逸らす「動機付け」を操作しました。

研究参加者は、感情的な画像(怒った顔や恐怖の顔、クモやヘビ)や中立的な画像を画面中央に見ながら、他の場所にあるターゲットを素早く見つけるよう指示されました。

実験中の目の動きを計測し、画像から注意を逸らすまでの時間を記録しました。

 

最初の実験では、反応が遅れると大音量の不快なノイズが鳴る仕組みを使い、迅速に注意を逸らす動機を与えました。

結果は驚くべきもので、不安の強弱に関係なく、参加者全員が脅威を示す画像から目を逸らすのが難しくなりました。

 

別の実験では、迅速な反応に報酬を与える方式を取り入れましたが、やはり不安レベルに関係なく、クモやヘビの画像で注意の切り替えが遅れました。

ただし、怒りや恐怖を示す人間の顔では、このような遅延は起こりませんでした。

また、この反応は参加者の意志とは無関係に、自動的に生じるものであることが分かりました。

 

これらの研究は、映画『NOPE/ノープ』の描写と同様に、不安の強さに関わらず、人間が本能的に脅威から注意を逸らしにくいことを示しています。

つまり、「不安が高い人ほど脅威から離れられない」という理論には疑問が投げかけられました。

 

私たちが脅威に引きつけられる時、本当に「動けない」のか、それとも心のどこかで「もっと見ていたい」と願っているのか。この複雑な心理を完全にコントロールするのは難しいでしょう。

ただ、自分の心の特性を少し客観的に理解し、認知行動療法などを通じて注意の制御を改善することは、不安や恐怖と上手く付き合っていくための貴重な第一歩になるはずです。

 

参考文献:

Musikoyo A, Rayment AE, Watson P. The role of motivation in delayed disengagement from threat in anxiety. Cogn Emot. Published online June 5, 2025. doi:10.1080/02699931.2025.2514625

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。