紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化しています。あわせてお楽しみください。
人間というものは不思議なもので、昨夜食べた夕飯の献立さえあやふやなのに、なぜか旅行先の小さな出来事や、美術館で目にした作品の順序だけは妙にはっきりと覚えているものです。
どうやら、この謎の背後には、私たちの睡眠が絡んでいるらしいという研究報告を見つけました。
カナダの研究者たちは、参加者に美術館で音声ガイド付きツアーを楽しんでもらい、ちょっとした実験を行いました。
テストは2種類。
一つは「作品の色や素材といった細かい特徴」を問うもので、もう一つは「作品を見た順番」を確認するものでした。
面白いのは、そのテストがツアーの直後だけでなく、一晩眠った翌日、さらには1週間後、1ヶ月後、そしてなんと15ヶ月後にも行われたことです。
さて、この実験の結果がまた妙で面白いのです。
細かい特徴の記憶は、やはり時間と共に順調(?)に薄れていきました。
まるで細かな事柄は忘れるようにできているかのようです。
しかし驚いたことに、順序の記憶だけは、一晩の睡眠を経た後に、なぜか向上していたのです。
さらに不思議なことに、眠らず起きていたグループでは順序の記憶の向上は見られませんでした。
どうやら睡眠というものは、ただぼんやりと休んでいるわけではなく、記憶の編集という仕事をひそかに行っているようです。
また、この効果は非常に息が長く、眠ったグループでは1ヶ月後はもちろん、15ヶ月後になっても順序記憶が比較的高く保たれていました。
一方、作品の細かな特徴などは、さっぱり忘れ去られていました。
つまり、睡眠は私たちの人生という劇の筋書きをしっかり記憶に留める役割を果たしているようなのです。
研究者たちはさらに踏み込んで、睡眠中の脳の動きにも目をつけました。
深い眠りに入ると現れる「徐波睡眠」と、その際に見られる「スピンドル波」と呼ばれる脳波が、順序記憶の強化に深く関係しているというのです。
眠っている間に脳が密かに出来事の筋書きを整理しているというわけです。
なぜ順序を覚える記憶が重要かというと、人生を計画したり将来を予測したりするときに、その基盤になるからだそうです。
道順を覚えるのも料理の手順を思い出すのも、実はこの順序記憶のおかげなのです。
この研究を知って、私はあらためて眠りというものを見直しました。
単なる休息どころか、私たちの日常を静かに整理し、人生という長い劇を豊かに演出する大切な時間だったのですね。
今晩ベッドに横になるとき、私たちの脳がひっそりと人生の筋書きを整えていることを想像し、ちょっとした感謝の気持ちを抱いてみるのも、悪くないかもしれません。
参考文献:
Diamond, N.B., Simpson, S., Baena, D. et al. Sleep selectively and durably enhances memory for the sequence of real-world experiences. Nat Hum Behav 9, 746–757 (2025). https://doi.org/10.1038/s41562-025-02117-5
