ティラノサウルス・レックスは、体重およそ10トン、白亜紀の最末期に北米大陸の生態系を支配した捕食者です。
北米で知られる同時代以前の近縁種の多くが2〜3トン級にとどまるなかで、この動物だけが桁違いの体格に到達しました。
古生物学の教科書の多くが、この種は「最後にして最大の暴君」として紹介しています。
ところが2026年、ニューメキシコ州サンファン盆地の約7400万年前の地層から報告された1本の脛骨が、その王者の出自の見直しを迫っています。
この王者には、不審な経歴があります。
化石記録の上で10トン級が現れるのは、白亜紀の最後の数百万年です。
それ以前の北米で確認されているのは、2〜3トン級のティラノサウルス科恐竜たちでした。
その巨体はどこで、いつ生まれたのか。
アジアから入ってきたという考えと、北米南部で育ったという考えが長く対立してきました。
もし後者が正しいなら、北へ広がる前の段階で、南の古い地層に大型の仲間が残っているはずです。
この予測が化石記録と合うかどうかが、今回の研究の出発点でした。
研究者たちが調べたのは、キルトランド層から見つかった左の脛骨(すねの骨)1本です。
年代は地層の重なりと火山灰の年代測定から、約7400万〜7500万年前に絞られました。
研究では、この骨の長さや太さだけでなく、軸の曲がり方や足首側の広がり方を、すでに知られているティラノサウルス科の骨と比べました。
さらに、脚の骨が体重を支えることを利用して体格を見積もり、骨の特徴の組み合わせから親戚関係も探っています。
骨は1メートル近い長さを持ち、体重は少なく見ても4トン前後、中心的な見積もりでは4.7トンほどになりました。
同じ時代の北米のティラノサウルス科より一段大きい規模です。
しかも形は、ニューメキシコで以前から知られていたビスタヒエヴェルソルの脛骨よりずっとまっすぐで、足首に向かって長く三角形に開いていました。
大きいだけではなく、骨のつくりそのものが、より後の巨大系統に近かったのです。
ここから見えてくるのは、巨大化の時間表です。
T.rex級の体格は白亜紀の最後に突然現れたのではなく、南ではそれより早い段階から育っていた可能性があります。
北で2〜3トン級の捕食者が頂点に立っていたころ、南ではすでに4〜5トン級の系統が存在していたかもしれません。
進化が一列で進んだのではなく、場所ごとに別の速さで進んでいたと考える方が、今回の骨にはよく合っています。
もちろん、証拠は脛骨1本です。
頭骨も歯も、つながった全身骨格もありません。
研究者たちも、この個体が初期のT.rex系統そのものなのか、近い別系統なのかは、まだ断定していません。
ただ、この曖昧さは欠点だけではありません。
南部起源という考えが正しいなら、同じ時代かそれ以前の南の地層から、さらに大型の近縁種が見つかるはずだという、次の探索の向きがはっきりしたからです。
私たちは、最後に残ったいちばん大きなものを見て、そこから歴史全体を並べ直してしまいます。
完成はいつも終盤に現れる、と考える癖があるからです。けれど実際には、目立つ姿が舞台の中央に出るより前に、変化そのものは別の土地で始まっていることがある。約7400万年前のニューメキシコで残された1本のすねの骨は、恐竜の系統図だけでなく、私たちが時間をたどる順番にも少しずれを入れています。
参考文献:
Longrich, N.R., Dalman, S., Lucas, S.G. et al. A large tyrannosaurid from the Late Cretaceous (Campanian) of North America. Sci Rep 16, 8371 (2026). https://doi.org/10.1038/s41598-026-38600-w

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
