夜、眠くなる。
朝、目が覚める。
この繰り返しがあまりにも当たり前なので、私たちは眠りを「脳の仕事」だと思い込んでいます。
疲れた脳が休息を求め、複雑な神経回路が切り替わる。
そう考えるのは自然なことです。
けれど、脳を持たない生きものが眠っているとしたら、その前提は足元から崩れます。
眠りに似た行動は、線虫や昆虫でも見つかってきました。
しかし、それらはいずれも中枢神経系を備えた生きものです。
では、中枢神経すら持たない動物ではどうなのか。
研究者たちが目を向けたのがヒドラでした。
ヒドラはクラゲやサンゴと同じ刺胞動物の仲間で、脳を持たず、体全体に広がる神経網だけで生きています。
この単純な体に、睡眠と呼ぶための条件が本当にそろっているのか。
論文はそこを一点突破で確かめにいきます。
研究では、ヒドラを明暗12時間ずつの環境に置き、5秒ごとの映像から動きを追いました。
2分単位で動きの少ない時間を拾い、その状態が20分を超えたときに、光や餌の合図への反応が遅れるかを見ます。
さらに、昼と夜のどちらで眠りを削ると反動が出るのか、明暗をなくすと周期はどう変わるのか、メラトニンやGABA、ドーパミンなどはどう働くのか、最後には細胞の増え方まで確かめました。
休止がある、だけでは通さなかったわけです。
すると、ただ動かないだけでは済まないふるまいが並びました。
ヒドラは夜に長く休み、その休止は光で中断できます。
しかも、20分以上続いたあとの個体ほど刺激への反応が遅くなりました。
夜の眠りを妨げると、その後に休む時間は増えました。
不足した分を取り戻すような反応です。
脳がないのに、睡眠と呼ぶための輪郭はかなりそろっていたのです。
ただし、その中身は私たちの睡眠観とぴたりとは重なりません。
明暗をなくすと、24時間周期のリズムは保てませんでした。
その一方で、約4時間ごとの短い周期は残りました。
メラトニンやGABA、PRKG1はヒドラでも眠りを増やしましたが、高い動物では覚醒に回ることが多いドーパミンが、ここでは逆に眠りを増やします。
オルニチン代謝でも、ハエとは反対向きの働きが見えました。
古い部品は残っているのに、配役はそのままではない。
進化は、新しいものを足すだけでなく、昔からある部品の役目を組み替えてきたようです。
さらに、眠りを削られたヒドラでは、細胞増殖が全身で低下しました。
しかもそれは、ただ刺激で邪魔されたからでは片づきません。
薬で睡眠を減らした場合にも、同じ向きの変化が出ています。
眠りは、脳の能率を保つための付属機能ではなく、体を保ち、作り直す側の働きと早い段階から結びついていた可能性があります。
もちろん、ヒドラをそのまま人に重ねることはできません。
脳波もなければ、レム睡眠やノンレム睡眠の区別もありません。
それでも、「眠りは高度な脳の産物だ」という見方は、ここでかなり苦しくなります。
寝不足の朝、私たちは頭が回らないことばかりを気にします。
けれど、本当に休ませ損ねているのは脳だけではないのかもしれません。
眠りは、知性が発達したあとに付け加わった便利な仕組みではなく、生きものの体がずっと前から抱えていた都合だった。
そう考えると、夜ごと訪れる眠気は少し別の顔を見せます。
思考が疲れた合図というより、生きものの古い歴史が、いまもこちら側で働いている手触りとして。
参考文献:
Kanaya HJ, Park S, Kim JH, et al. A sleep-like state in Hydra unravels conserved sleep mechanisms during the evolutionary development of the central nervous system. Sci Adv. 2020;6(41):eabb9415. Published 2020 Oct 7. doi:10.1126/sciadv.abb9415

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。