風邪に、亜鉛はどこまで効くのか―急性ウイルス性呼吸器感染症の予防と治療をめぐる検討

風邪に、亜鉛はどこまで効くのか―急性ウイルス性呼吸器感染症の予防と治療をめぐる検討

 

幼いころ、夏風邪で高い熱を出して寝込んだことがあります。

そんなとき、オバアがカチューユをつくってくれました。

どんぶりに削り節と味噌を入れ、湯を注ぐだけの、ごく簡素な汁物です。

沖縄では、風邪のときの家庭の手当てとして長く親しまれてきました。

飲むと少し楽になった気がしたのを覚えています。

熱が下がったのか、気持ちのこわばりがほどけたのか、そこは今もよくわかりません。

ただ、民間療法には、長いあいだ使われてきたなりの経験則があるのだろうと思います。

 

実際、削り節にはいくつものミネラルが含まれています。

その中には、いまの医療や栄養学で注目される亜鉛もあります。

もちろん、それだけでカチューユの働きを説明することはできません。

味噌の塩分、温かい汁物であること、水分補給になること、つくってもらう安心感。

効いていたものは、ひとつではなかったはずです。

それでも、昔から体調の悪いときに口にされてきたものの中に、現代の研究があらためて確かめようとしている成分が含まれていたと考えると、あの湯気の見え方が少し変わります。

今回この論文を取り上げたいと思った動機も、そこにあります。

 

亜鉛は、免疫のはたらきや炎症反応に関わる栄養素として知られ、風邪との関係も長く議論されてきました。

けれど、体によさそうだという印象と、実際に感染を防いだり経過を短くしたりすることは別です。

そこで研究者たちは、成人の急性ウイルス性気道感染症に対して、亜鉛が予防や治療にどこまで役立つのかを、無作為化比較試験だけを集めて確かめました。

目のつけどころは単純です。

人は風邪の入り口で何かを口にするとき、本当に流れを変えられているのか。そこです。

 

集められたのは28試験、5446人です。

亜鉛はトローチ、飲み薬、鼻に使う製剤など形がそろっておらず、比較相手は偽薬や別の対照でした。

研究者たちは、感染を防げたか、症状がどれくらい続いたか、つらさはどう変わったか、副作用は起きたかを見ました。

対象は主に軽症から中等症の急性ウイルス性気道感染症で、新型コロナウイルスに特化した試験は含まれていませんでした。

 

そこで見えてきたのは、派手ではないが、見過ごしにくい差でした。

予防では、口から、あるいは鼻から亜鉛を使った人のほうが、呼吸器感染症を起こす回数が少なく、100人が1か月使ったときに5件ほど減る計算でした。

治療では、症状がおさまるまでが平均で2日ほど短く、7日目の時点でまだ症状が残っている人は、亜鉛を使わない群に多く残りました。

3日目あたりのつらさもいくらか軽くなっていました。

けれど、毎日の症状全体をならして比べると、差がくっきり出るとは限りませんでした。

つまり、風邪を一気に消し去るというより、出口までの道のりを少しだけ詰める、そういう効き方です。

 

この「2日」は、数字だけ見ると小さく見えます。

ところが暮らしの側から見ると、なかなか侮れません。

寝込む日が二つ減る。

仕事のずれ方が少し浅くなる。

家の中の空気が少しだけ軽くなる。

風邪は重い病気ではないことが多くても、生活の流れを平気で乱します。

だから人は、のどが痛い、寒気がする、その段階で手を打ちたくなるのでしょう。

昔の人が手当てに託していたのも、万能の治癒ではなく、悪くなっていく流れに割り込みたいという願いだったのかもしれません。

研究が映しているのは、その願いが完全な空振りではない、という控えめな事実です。

 

ただし、ここで気分よく走り切るのは危ない。

亜鉛を使った人では、吐き気、口の中や鼻の違和感、味の不快さといった軽い副作用が増えていました。

重い有害事象は報告されていませんが、研究ごとの差は大きく、証拠の確かさにも限界があります。

どの剤形が最もよいのか、どれくらいの量がちょうどよいのかも、まだ一本にはまとまっていません。

亜鉛は万能薬ではないし、民間療法の正しさをまとめて証明したわけでもありません。

論文が言っているのは、そこまでです。

ここを盛ると、文章は気持ちよくても、科学は逃げます。

 

それでも、この研究には惹かれるものがあります。

風邪のとき、人は何を信じ、何を口にし、何に助けられた気がするのか。

その輪郭が、数字の向こうに残るからです。

オバアのカチューユは、亜鉛の論文で説明し切れるものではありません。

けれど、あのどんぶりの中に、現代の研究がようやく拾い上げた成分が含まれていた。

その事実は、昔の暮らしの知恵を神話にもしないし、ただの気休めにも落としません。

風邪の入り口で人が握りしめるのは、薬や栄養素そのものだけではなく、まだ流れを変えられるかもしれないという感覚なのだと思います。

カチューユの湯気の向こうにあったものを、いま私たちは別の名前で、少しずつ確かめ直しているのかもしれません。

 

参考文献:

Hunter J, Arentz S, Goldenberg J, et al. Zinc for the prevention or treatment of acute viral respiratory tract infections in adults: a rapid systematic review and meta-analysis of randomised controlled trials. BMJ Open. 2021;11(11):e047474. Published 2021 Nov 2. doi:10.1136/bmjopen-2020-047474

 

 

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。