紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化しています。あわせてお楽しみください。
擦り傷、切り傷。生きていれば誰もが経験する傷ですが、どうやら人間の傷の治り具合は他の動物と比べてかなりゆっくりとしているようです。
琉球大学をはじめとする研究チームは、この「スローペース」がヒトだけの特徴なのか、それとも霊長類全般に見られる現象なのかを調べました。
研究チームはまず、アフリカに住むヒヒ(アヌビスヒヒ)の傷の治癒速度を比較しました。
野生と実験室の環境で差があるかと予想されましたが、実際にはどちらのヒヒも治癒速度に違いはありませんでした(約0.613 mm/日)。
これは実験で得られたデータが、実際の自然環境における動物の傷の治癒速度を正確に反映しているということを意味し、研究の信頼性を高める非常に重要なポイントとなりました。
次に、ベルベットモンキー、サイクスモンキー、チンパンジーといった他の霊長類に加えて、マウスやラットといったげっ歯類も対象にしました。
その結果、ヒト以外の霊長類とげっ歯類の間では、傷が治る速度にほとんど差はなく、いずれも1日あたり約0.6 mmのペースでした。
しかし、ヒトは違います。
人間の傷の治り方は、他の動物と比べると1日あたり約0.25 mmと明らかに遅く、実に約3分の1の速度しかありませんでした。
この特徴は性別や年齢、傷の部位による違いはありませんでした。
ではなぜ、ヒトだけが傷の治りが遅くなったのでしょうか。
研究者たちは、その理由をヒトの進化の過程に求めています。
ヒトは体毛が少なくなり、その代わりに体温調節に重要なエクリン腺が発達しました。
このエクリン腺は熱を効率よく逃がし、暑い環境でも活動しやすくなり、脳の冷却にも役立つなど進化上の利点があります。
しかし体毛が少なくなった分、紫外線や物理的な刺激に対して弱くなったため、それを補うように表皮が厚く進化しました。
この厚くなった表皮が、傷の治癒プロセスを遅らせている可能性があるのです。
さらに興味深い仮説として、人間が社会的協力や医療的ケアを進化させた結果、傷の治りが遅くても生存に影響しにくくなった可能性が考えられています。
実際、古代の人類の化石には、重傷を負った個体が仲間からの介助を受けて長期間生き延びた痕跡が見られます。
一見すると傷の治りが遅いというのは不利な特徴に思えますが、それは人間が独自の進化を遂げた証でもあります。
参考文献:
Matsumoto-Oda A, Utsumi D, Takahashi K, et al. Inter-species differences in wound-healing rate: a comparative study involving primates and rodents. Proc Biol Sci. 2025;292(2045):20250233. doi:10.1098/rspb.2025.0233
