眠れない夜が続くと、睡眠薬に手を伸ばしたくなる気持ちは自然なことなのかも知れません。
特に高齢になると睡眠が浅くなりがちで、多くの方が睡眠薬を日常的に使う傾向にあるようです。
実際、多くの人が「眠れない」の相談よりも、「睡眠薬を処方してほしい」と言い切ってくる方が多いです。
少し前まで、医師の方も患者さんと押し問答になるより、言われたままに処方するという場合が多かった気もします。
ただ、こうした睡眠薬の長期使用で「認知症のリスクを高めるかもしれない」というお話はいつもささやかれていました。
本当のところはどうなのでしょうか。
今まで、睡眠薬と認知症の関係について、多くの研究が行われてきました。
フランスの研究では、約9000人の高齢者を対象に調査したところ、ベンゾジアゼピン系睡眠薬を6か月以上使った人は、認知症のリスクが約1.8倍に高まることが分かりました。
一方、台湾の大規模な研究では、短時間型のベンゾジアゼピンや非ベンゾ系の睡眠薬を使っている人も認知症発症リスクが1.8〜2倍近く増える結果が出ています。
特に複数の薬剤を同時に使うと、認知症のリスクが4.8倍にも上がることが示されています。
ところが一方で、睡眠薬の長期使用が認知症に直結しないという報告もあります。
オランダの約5400人の高齢者を11年間追跡した研究では、ベンゾジアゼピン系薬剤を使用しても認知症リスクは非使用者と大きな差がありませんでした。
アメリカの大規模研究でも同様の結果が出ています。
これは、高齢者が抱える不安や不眠の症状そのものが、認知症の初期症状である可能性があり、薬の使用が認知症の直接的な原因とは言えないというものです。
では、実際にはどう考えるべきでしょうか?
最近のメタ解析では、ベンゾジアゼピン系睡眠薬の長期使用が認知症のリスクを約1.3~1.5倍高めると示されています。
しかし、この結果も調査方法や交絡因子(他の病気など)の影響を排除すると、有意な関連性が消失することも分かっています。
つまり、「薬剤使用が認知症を直接引き起こす」という明確な証拠は現段階ではありません。
しかし、「薬剤を使用しても認知症にはならない」と安心材料を提供しているわけではなく、「薬剤を使用せざるを得ない状況」や「薬剤を長期使用している状況」が認知症リスクと密接に関連していることは確かなようです。
また、薬の種類によって影響が異なる可能性も示されています。
長時間作用型のベンゾジアゼピンの方が、短時間作用型よりもリスクが高いという報告もありますが、研究間で結論は一定していません。
メラトニン受容体作動薬やオレキシン受容体拮抗薬といった新しい睡眠薬は、現在のところ認知症リスクを高めるという明確な証拠はなく、高齢者に対する安全な代替薬として期待されています。
睡眠薬を使う前に、認知行動療法や生活習慣改善といった非薬物療法を試すことが推奨されます。
実際、認知行動療法は睡眠薬よりも効果が長続きすることが分かっています。
睡眠薬が必要なときでも、「短期間・低用量」が基本です。
毎日、何か月も使用するものではありません。
薬が本当に必要かどうかを医師とよく相談することも重要です。
睡眠薬を上手に使うためには、薬に頼る前に、生活の中でできる工夫を試みたいものです。
