AIが社会に浸透するにつれ、その影響についての議論は尽きることがありません。
そして、常につきまとっているのは、AIの潜在的なリスクへの懸念です。
考えてみれば、私たちは1970年代の初めから、特殊な形でAIと少年との交流、そして日常生活のありようをずっと見守り続けてきました。
「ドラえもん」です。
のび太くんとドラえもんのケースは、わかりやすい形でAIが人の意思決定プロセスに重大な影響を及ぼしていることがわかります。
少し立ち止まってみても、現代では、多くの人々が日々の決定をAIに委ねています。
たとえば、オンラインでのショッピングから旅行の計画、さらには職業選択に至るまで、AIのアルゴリズムが「おすすめ」やランク付けされた選択肢を提供する場面は枚挙に暇がありません。
AIの便利さは魅力的ですが、これには隠れたリスクが伴います。
それは、私たちが自らの意思で考え、選択する能力を徐々に失っていくことです。
AIの最大の課題の一つは、そのプログラムが人間によって設計されているため、人間の持つ偏見やバイアスを内包していることです。
AIは、集めたデータを基に学習し、そのデータがすでにバイアスがかかっている場合、その結果もまた偏りを持ちます。
AIによる意思決定が、時として見えない偏見を社会に広めることになりかねません。
更に、AIはその決定プロセスを隠して行うため、どのようにしてその結論に至ったかを理解することは困難です。
これが、意思決定のスキルの低下を招く原因となります。
真に賢明な決定を下すためには、問題を深く理解し、複数の選択肢を比較検討し、そして最終的には自信を持ってその決定を守り抜く必要があります。
しかしAIの介在により、このプロセスが省略されがちとなります。
たとえば、ノートパソコンが欲しくて、何か新しい製品を選ぶとき、AIが提供する情報だけに頼ってしまうと、自分自身で情報を集め、異なる選択肢を検討する機会を失います。
このような「楽な選択」は一時的には快適かもしれませんが、長期的には自らの判断力を鈍らせ、思考の幅を狭めてしまいます。
占い好きの人が「今日のラッキーカラーはブルーだって言われたから」と、青いシャツを着てくるほうが、まだ選択の根拠が、心情として理解しやすいです。
結局のところ、AIの進化と共に、それを利用する私たち自身も、ホモ・サピエンス(賢明な人)から、ホモ・コネクティヴス・アナリティカス(分析的に繋がる人)に進化しなくてはならないのでしょう。
(すみません。ホモ・コネクティヴス・アナリティカスというのは私の造語です。)
自分たちの目や手を使い、頭で考え、選び取ることの大切さを忘れてはいけません。
技術の進歩を人間らしい方法で活用する知恵を身につけることが求められています。
「それって、君の考え?それとも、AI?」
間近な将来に、そんな会話が日常的に聞かれるような気がしています。
元サイト:
The hidden risk of letting AI decide – losing the skills to choose for ourselves
Published: April 12, 2024 1.27pm BST
