禅語「春来草自生」

  禅語の言葉です。 春来たらば草自ずから生ず(春来草自生) この言葉はストレートですね。春になればおのずと草木が生えてくるという意味です。 人は生きていれば、悲しいことや辛いことが必ずあります。身を切るような耐え難い思…

勝負服

  私の常識では、「勝負服」というのは、ここぞという時に着る、とっておきの服のことだと思っていました。 大事な試験の時や面接の時に着ていく、自分にとって縁起の良い服です。 上着が制服で変えられないなら、密かに勝負下着で臨…

痛みを観察する

  今はあまり発作に襲われることはないのですが、かつての私は典型的な頭痛持ちでした。 頭痛持ちを長くやっていると、頭痛が襲ってくるとあまり抵抗しなくなります。痛みが出てくると静かに嵐が過ぎ去るのを受け入れてじっと待つので…

「なんとかなる」

  昨日は一休宗純禅師のお話をしました。 そういえば一休禅師にまつわるお話で、真偽のほどはともかく、私が好きなお話があります。 「遺言の話」です。 一休さんは亡くなるときに一通の封書を寺の弟子たちに残しました。 「この先…

禅語「挨拶」

  挨拶は大事です。 例えば、スーパーに行ったりするとたくさんの人達にすれ違います。 私にとって、その「たくさんの人達」は「その他大勢」のカタマリとして何となくとらえているものなので、それほど注意を払う対象ではありません…

犀の角のように

  今日はスッタニパータ(ブッダのことば 中村元訳)から。   37 朋友・親友に憐みをかけ、心がほだされると、おのが利を失う。親しみにはこの恐れのあることを観察して、犀の角のようにただ独り歩め。   情にほだされると相…

心が主(あるじ)

  今回のお話もダンマパダ(法句経)から。(「真理のことば 中村元訳) このブログで何回も取り上げているダンマパダですが、はじまりの偈の紹介を忘れていたことに気づきました。 もっとも、その時々に心に留まった偈をランダムに…

最上の楽しみ

  今日もダンマパダ(法句経)から。(「真理のことば 中村元訳」より)   204 健康は最高の利得であり、満足は最上の宝であり、信頼は最高の知己であり、ニルヴァーナは最上の楽しみである。   「原訳「法句経(ダンマパダ…

「何を笑うのか?」

  法句経(ダンマパダ)の中でも、放たれた言葉が厳しくてたじろいでしまうような偈があります。(真理のことば 中村元訳)その偈は、まるでブッダに厳しく問い詰められている気分になります。   146 何の笑いがあろうか。何の…

「ニュートラルな心」

  仏教では「心はニュートラルであることが基本である」と言います。 けれども、このニュートラルという概念はわりと誤解を受けやすいようです。 アリストテレスが「メソーテス」とも表現し、後世の人間が論語の「中庸」という言葉を…

「諸悪莫作 衆善奉行」

  法句経(ダンマパダ)の183は、次の偈です。(中村元訳) 183 すべて悪しきことをせず、善いことを行い、自己の心を浄めること。―これが諸の仏の教えである。   これは七仏通戒偈の中にも出てくる教えで、これに相当する…

重きものは軽く

  戦国武将の細川幽斎の言葉だそうです。 「重きものは軽く扱え」 細川幽斎は茶人でもあったそうですから、茶道の心得を説いたものなのですが、私たちの生活のあり方にも学びがある言葉です。 「人との接し方の参考になる」と言った…

「人生すべてうわの空」

  スッタニパータ(ブッダのことば 中村元訳)から。 970 「私は何を食べようか。私はどこで食べようか。昨夜は眠りづらかった。今夜はどこで寝ようか」などといった憂いを生む思考を抑制せよ。   キリスト教にも似た言葉があ…

自己の主

  ダンマパダ(真理のことば 中村元訳)から。 160 自己こそ自分の主である。他人がどうして(自分の)主であろうか?自己をよくととのえたならば、得難き主を得る。   同じ偈で「100分de名著 ブッダ 真理のことば」で…

ノコギリのたとえ

  中部経典「マッジマ・ニカーヤ」の中の「鋸喩経」の中には言葉を発するときの注意点が挙げられています。(「怒りの無条件降伏:中部経典『ノコギリのたとえ』を読む」アルボムッレ・スマナサーラ著より) 時機に(語る)、もしくは…

感情から抜け出すための縄跳び

  瞑想の時や坐禅を組む時もそうですが、「考えないようにする」ことはかなり難しいことです。 雑念(本人としては雑念と思っていないことが多い)が頭の中をめぐりますし、集中しようとしても、いつの間にかふと何かを考えてしまって…

執着という呪縛

  今日は「法句経(ダンマパダ)」(ブッダの真理の言葉 中村元訳)から。 212 愛するものから憂いが生じ、愛するものから恐れが生ずる、愛するものを離れたならば、憂いは生じない。どうして恐れることがあろうか?   仏教と…

間違った考えを捨てる

  人は多くの「思い込み」で生活をしているものです。 「思い込み」を「信念」と言い換えてもいいでしょう。 信じているものの多くは、幼い頃から接してきた親や家族だったり、尊敬する大人たちの影響を強く受けて形作られたものです…

禅語「挨拶」

  「挨拶」という言葉が禅語に由来するというのは、よく知られたお話ですね。 中国の禅宗の仏教書「碧巌録」には、こんな一節があります。 「一言一句、一機一境、一出一入、一挨一拶に深浅を見んことを要し、向背を見んことを要す。…

現在に心を留める

  何かイベントが終わると、しばらくはそれに浸っていたいものです。 楽しい思い出なら、なおさら噛みしめるように過去の場面を回想してしまっています。 はっと気づくと、頭の中はまたそれを考えてしまっているのです。 繰り返し繰…

他人のごきげん

  「その人の感情はその人の責任」という言葉をどこかで目にしました。 自分のごきげんぐらい自分でとりなさいというメッセージはよく受け取ります。 茨木のり子さんも「自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ」と叱咤の言葉を…

自分を大切にする

  今回も、澤木興道禅師の言葉を紹介します。 「おれはつまらない者だとか、おれのような馬鹿者はないとか、おれは頭が悪いのでつまらないというが、頭が悪ければ足を丈夫にすればよいじゃないか。」 この言葉は、そんなに自分を卑下…

「心地よく負ける」

  澤木興道禅師の言葉を紹介します。 「負けたら、心地よく負けたらいいじゃないか。それを気持ち悪く負けてうらんで、畜生ッと喧嘩腰になって、癇を立ててやっている。馬鹿馬鹿しいことだ。」   言葉ではわかっていても、具体的に…

間違いは誰にでもあるもの

  人は一人ひとりに価値があり、大切な存在です。 そして、その価値は命の重さと同様にかけがえのないものです。 言い換えれば「生きてるだけで丸儲け」です。(by 明石家さんま) たとえその人が失敗したり間違えたからと言って…

自分をいたわる

  誰もが知っている当たり前のことを言ってみます。 「悪いことをすれば、その場が荒れる。」 因縁果報の原則を持ち出さなくても、皆が肌で感じることです。 ですから、「悪いこと」はやらない方がいいです。 特に自分に対する自分…