「三界の狂人、四生の盲者」

  空海の「秘蔵宝論」(ひぞうほうやく)の序論の末尾の一節です。   三界の狂人は狂せることを知らず 四生の盲者は盲なることを識らず 生まれ生まれ生まれ生まれて生の始めに 暗く死に死に死に死んで死の終りに冥し   「三界…

「あること」の練習

  「そこに存在するだけでいい」というのは、慰めの言葉ではなくて、本当です。 「歳は取りたくないもんだ」とついもらしてしまう人の気持ちもわかりますが、何かを「すること」が全てではなくて、ただ「あること」に重きをおく価値観…

「ひとりなり」

  鎌倉時代の僧侶、一遍上人の言葉です。   生ぜしもひとりなり  死するもひとりなり  されば人と共に住するも独りなり  そいはつべき人なき故なり   捨聖(すてひじり)と呼ばれた一遍上人。 自らの家を捨て、家族を捨て…

抜けないループ

  自分が「いい習慣」だと思っていたことが、あることがきっかけで頓挫して、それ以降しなくなってしまうことは、残念ながらよく経験します。 例えば、ウォーキング。 出勤前の朝のウォーキングを1週間以上続けていて、自分でも「い…

禅語「泉聲中夜後」

  禅語から。南宋の禅僧、虚堂智愚の語録「虚堂録」からの引用です。   泉聲中夜後 山色夕陽時 せんせいちゅうやののち さんしょくせきようのとき   禅語辞典を紐解くと、こんな意訳がされています。   泉が湧き出す微(か…

「五観の偈」

  https://youtu.be/Jfs5ETvubO8   この映画の冒頭の部分に、道元禅師が中国の修行時代に経験した有名なエピソードが再現されていました。 道元の書物「典座教訓」で示された、天童山景徳寺で出会った…

ポジティブ感情のマインドフルネス

  「今、ここ」のありのままを観察するマインドフルネスでは、その時自分が抱いている感情についてもそのままを味わうことが大切だとされています。 その際に、その感情を評価したりジャッジしたりしないことです。 それは寂しいとか…

「今でしょ!」

  「正法眼蔵随聞記」の中にこんな一節があります。   示ニ云ク、仏々祖々、皆本は凡夫なり。凡夫の時は必ず悪業もあり、悪心もあり。鈍もあり、痴もあり。然レども皆改めて知識に従ひ、教行に依りしかば、皆仏祖と成りしなり。 今…

「啐啄同時」

  「啐啄同時」(そったくどうじ)という四字熟語があります。 「啐啄」を辞書で引いてみると、以下のような説明です。(精選版 日本国語大辞典より)   〔名〕(「そつ」は「啐」の慣用音。「啐」は鶏卵が孵化しようとするとき雛…

禅語「無事是貴人」

  禅には「日日是好日」や「無事是貴人」という言葉があります。 「日日是好日」というのは「来る日も来る日も、楽しく平和なよい日が続くこと。一日一日を大切に生きる心構えのこと」です。 「無事是貴人」は「どんな境遇にあっても…

五つの束縛と五つのはたらき

  今日はダンマパダ(法句経)(中村元訳)の偈から。   370 五つ(の束縛)を断て。五つ(の束縛)を捨てよ。さらに五つ(のはたらき)を修めよ。五つの執著を超えた修行僧は、<激流を渡った者>とよばれる。   370は、…

禅語「把手共行」

  禅語に「把手共行」(はしゅきょうこう)という言葉があります。 文字通り「手をとって共に行く」という意味です。 大事なポイントは、同じ目線で同じところに立っていくことです。 高いところから手を差し伸べても、相手に届くは…

「四苦八苦」

  「四苦八苦」が仏教の言葉であることはよく知られています。 「四苦」とは「生老病死」の四つの苦。 「八苦」はこの「四苦」にそれ以外の四つの苦を加えたものです。 それ以外の四つの苦とは以下のようなものです。   愛別離苦…

「愛語」(正法眼蔵から)

  「愛語」とは「やさしい言葉をかける」という意味でよく耳にしますが、これは道元の「正法眼蔵」のなかの45巻「菩提薩捶四摂法」に出てくる言葉でもあります。 「菩提薩捶」(ぼだいさった)というのはボーディサットヴァの音を当…

禅語「老婆心切」

  今日紹介する禅語は「老婆心切」 老婆心とは、辞書にはこうあります。   仏語。老婆が子や孫をいつくしむように、師が弟子をいつくしみ導く親身な心遣い。また、必要以上に世話をやこうとする気持ちをへりくだっていう語   主…

「大きな木に抱きつく」は難しい

  何かの本か雑誌に「大きな木に抱きつく」のが、瞑想に似た効果があるという記事がありました。 木に密着して、自分の肌を通して木の温もりを感じ、木の気持ちを想像するのだそうです。 木に集中するのですから、私が思うにそれは一…

物ごとの成果と時間

  マラソンに限らず、ランニングの大会には制限時間があります。 GPS付きのランニングウォッチのおかげで、私のようなファンランナーも1Kmあたりにかかる時間、つまり「ペース」をリアルタイムに数字で視認することができるよう…

「七慢」

  うぬぼれること、驕り高ぶることを「慢心」と言います。 仏教では、慢心に7つの種類があるとされ、それを「七慢」と呼んでいます。 その7つとは、慢・過慢・慢過慢・我慢・増上慢・卑慢・邪慢。 一つひとつをみてみましょう。 …

悪因苦果・善因楽果

  ラフカディオ・カーンの「怪談」がそうであるように、我々日本人には目に見えないものや得体の知れないものに畏怖の念を抱きながら、それを共通の体験として共有するようなところがありますね。水木しげる先生の妖怪漫画もそうです。…

「花にちなんで」

  ダンマパダ(法句経)から。 第四章は「花にちなんで」と題され、44から59の偈で構成されています。 そのうちの一つを紹介します。   46 この身は泡沫(うたかた)のごとくであると知り、かげろうのようにはかない本性の…

「無財の七施」

  仏教には「無財の七施」という教えがあります。 「施」とは施しのことで、布施のこと、つまり「見返りを求めず、手を差し伸べること」です。そして「無財の七施」とは、財がなくてもできる布施の教えです。 次の7つを言います。 …

自分を見つめる

  今日は法句経(ダンマパダ)から。(中村元訳)   347 愛欲になずんでいる人々は、激流に押し流される、―蜘蛛がみずから作った網にしたがって行くようなものである。思慮ある人々はこれをも断ち切って、顧みることなく、すべ…

禅語「本来無一物」

  禅語に「本来無一物」という言葉があります。私が好きな言葉です。 「人は生まれながらにして持っているものは何一つない。」という意味です。 「精選版 日本国語大辞典」には以下のようになっていて、微妙にニュアンスが違うので…

禅語「一笑千山青」

  私の友人に、次に紹介する禅語のような男がいます。 「一笑千山青」(いっしょうすればせんざんあおし) どんな困難に直面しても、笑い飛ばすほどの器量があれば、イキイキと道が開けるという意味の言葉です。 言い換えれば「マク…

主人公

  このブログで以前にとりあげましたが、「主人公」の言葉の由来が禅語からきているというのは広く知られていることかと思います。 唐の時代、瑞巌禅師という方が、毎日、自分自身に向かって「おい、主人公!」と呼びかけ、自分の呼び…