家族に同じ病気の人が多いとき、多くの人はこう考えます。
「これは遺伝だろう」と。
そして不思議なことに、「遺伝」と説明されると、それ以上深く考えなくても、どこか納得してしまうものです。
仕組みを詳しく知らなくても、原因としてはもっともらしく聞こえるからです。
多くの人にとって、「遺伝」という言葉は少しブラックボックスのような響きを持っています。
中で何が起きているのかはよく分からない。それでも、理由としては十分に思える。
しかし、ここで一つの疑問が生まれます。
家族の中で同じ病気が起こるとき、本当に原因は遺伝だけなのでしょうか。
慢性腎臓病は、世界の人口の1割以上が抱えるといわれる病気です。
腎臓の働きがゆっくりと弱くなり、進行すると透析や腎移植が必要になります。
昔から、腎不全は家族の中で起こりやすいことが知られていました。
研究者たちは長いあいだ、その理由は遺伝子か生活環境のどちらかで説明できるはずだと考えてきました。
この仮説を確かめるために行われたのが、CRIC研究です。
慢性腎臓病を持つ5,623人を対象に、家族に透析や腎移植を受けた人がいるかどうかを調べました。
同時に、APOL1という遺伝子の型、収入や教育などの社会環境、糖尿病や高血圧といった病気の有無も記録しました。
そして約6年間、腎臓の働きがどのように変化するかを追跡しました。
観察を続けると、はっきりした傾向が現れます。
参加者の17%が、家族に腎不全の人がいると答えていました。
さらに、その人たちは腎臓病が進みやすい状態にありました。
腎臓病の進行率は、家族歴がない人では1,000人年あたり約11.9人でしたが、家族歴がある人では約15.9人でした。
ここまでは、研究者の予想と一致していました。
遺伝子や生活環境を調べれば、その理由が説明できるはずです。
ところが分析を進めても、話はそこで終わりませんでした。
年齢、糖尿病、高血圧、体格、社会環境、さらにAPOL1という遺伝子まで考慮しても、家族に腎不全の人がいる場合、腎臓病が進む危険は高いままだったのです。
遺伝子でもない。
社会環境でもない。
それでも、家族歴の影響は消えませんでした。
ここで、最初の「遺伝」という言葉に戻ります。
私たちは、家族の中で病気が重なると、それを「遺伝」と呼びます。
しかし実際には、その言葉の中にはさまざまな要素が混ざっています。
遺伝子。
生活習慣。
医療へのアクセス。
地域の環境。
社会の条件。
家族という単位の中で共有されるものは、思っているより多いのです。
こうして見ると、「遺伝」という言葉は、原因を説明する言葉というよりも、まだ分かっていないものをまとめて呼んでいる名前なのかもしれません。
腎臓病は、一人の体の中で起こる病気です。
しかしその背景には、一人ではなく、家族という小さな環境があります。
遺伝子が受け継がれる時間。
生活の習慣が続く時間。
社会の条件が重なっていく時間。
その積み重ねが、体の変化として現れている可能性があります。
診察室で「家族に同じ病気の人はいますか」と聞かれることがあります。
その質問は、遺伝を確かめているだけではないのかもしれません。
その人がどんな環境の中で生きてきたのか。
その歴史を、たどろうとしている。
そして、ここで少し考えてみたくなります。
私たちは「遺伝」という言葉を、原因が分かったときに使っているのでしょうか。
それとも―
まだ原因が分かっていないときに、使っているのでしょうか。
参考文献:
Lin W, Chang AR, Crews DC, et al. Family History of Kidney Failure, APOL-1 Risk Variants, Social Determinants of Health, and Risk of CKD Progression: Findings From the CRIC Study. Am J Kidney Dis. Published online January 15, 2026. doi:10.1053/j.ajkd.2025.11.008

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。