宴席でブラックジョークを口にした瞬間、場の空気が変わったことがあります。
笑った人と、表情を固めた人が、同じテーブルにいました。
笑えなかった側は「センスがない」と思われたかもしれません。
笑った側は「空気が読めない」と思われたかもしれません。
しかし、そこで起きていたことはもう少し複雑です。
笑いが届かなかったのではありません。
笑いが、ある人の感情を逆方向へ動かしていたのです。
なぜブラックジョークは、人を笑わせることもあれば、不安にさせることもあるのでしょう。
心理学では長い間、ユーモアは不安やストレスを軽くする働きを持つと考えられてきました。
実際、笑うことで緊張が和らぐという研究は多くあります。
ただし、笑いには種類があります。
人を和ませる軽いユーモアもあれば、皮肉や風刺を含むブラックユーモアもあります。
近年の研究では、この違いを「コミックスタイル」という枠組みで整理し、人がどの種類の笑いを使う傾向を持つかによって感情の動きが変わる可能性があると考えられています。
研究では275人の参加者が集められました。
まず質問紙によって、それぞれがどのようなユーモアを使う傾向を持っているかを測定します。
その結果から、参加者は四つのグループに分けられました。
ユーモアをあまり使わない人、軽いユーモアを好む人、ブラックユーモアを好む人、そして両方を広く楽しむ人です。
そのあと、アニメのコメディ映像を視聴してもらい、軽いユーモアの場面とブラックユーモアの場面を見た前後で、不安と気分の変化が測定されました。
観察すると、一つの傾向が見えてきます。
軽いユーモアのあと、多くの参加者で不安は下がりました。
しかしブラックユーモアでは、反応が人によって分かれました。
軽いユーモアを好む人では、不安はむしろ上がることがありました。
一方でブラックユーモアを好む人では、大きな変化は起きませんでした。
つまり、笑いが感情を落ち着かせるかどうかは、冗談そのものではなく、その人の笑い方の傾向と一致しているかどうかに左右されていました。
さらに興味深い点もありました。
ユーモアの映像を見たあと、多くの人でネガティブな感情は下がりましたが、ポジティブな感情は必ずしも上がりませんでした。
むしろ、わずかに下がる傾向が見られました。
笑いは気分を高揚させるというより、感情を落ち着かせる方向に働いていたのです。
言い換えるなら、笑いは気分を上げる装置というより、心の中の「危険信号」を少し弱める装置だったのかもしれません。
研究者たちは、この変化を「認知的再評価」という心の働きと関係づけています。
人は出来事をそのまま受け取るのではなく、その意味を組み替えることで感情を調整します。
軽いユーモアは、出来事を穏やかな視点から見直す助けになります。
ブラックユーモアの場合は、出来事を皮肉として読み替える視点が必要になります。
皮肉が理解できた瞬間、出来事との距離が生まれます。
出来事の中にいる状態から、少し外側に立つ状態へ移る。その距離が、不安を落ち着かせるのかもしれません。
もちろん、この研究は短時間の実験であり、長期的な影響まではわかりません。
参加者の多くが若い層であったことも結果に影響している可能性があります。
それでも一つの光景は残ります。
同じ冗談で笑う人と黙る人がいる。
それはユーモアの好みの違いのように見えます。
しかし、別の見方もできます。
私たちは出来事そのものに反応しているのではなく、その出来事をどう読むかという心の翻訳装置に反応しているのかもしれません。
ブラックジョークは、その装置が動く瞬間を、ほんの一瞬だけ外から見せてくれる現象なのかもしれません。
参考文献:
Basler J, Potó D, Kumli K, Ferincz M, Kárpáti S, Zsidó AN. Why aren’t you laughing? – The effect of dark and light humor on anxiety and affective state. Pers Individ Dif. 2025;240:113133 . doi:10.1016/j.paid.2025.113133.

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。
