ある日、イタリアの博物館の地下で、一つの箱が開けられました。
その箱には、古い岩石のかけらがいくつか入っていました。特別な展示品でもなく、ただの鉱物標本として保管されていたものです。
ところが、その小さな粒を顕微鏡でのぞいた研究者たちは、思わず手を止めました。
そこにはありえない金属が含まれていたのです。
アルミニウムでした。しかも金属のまま。
地球ではアルミニウムはすぐ酸素と結びつくため、自然界で金属の状態で見つかることはほとんどありません。さらに、その粒には銅も混ざっていました。
この二つの金属は、普通の自然環境では同じ場所に存在しません。
つまり、この石は地球の環境では説明できない。
では、どこでできたのでしょうか。
研究者たちは最初、この石を人間が作った金属の残りかすだと考えました。工場で出るスラグ(製錬の廃棄物)です。
それなら説明は簡単です。人間はアルミニウムと銅を混ぜることができます。
しかし、調べれば調べるほど、その仮説は崩れていきました。
岩石の中には、自然界でも珍しい鉱物がいくつも含まれていました。そして決定的だったのは、スティショバイトという鉱物でした。
これは非常に強い圧力の下でしか生まれません。地球の表面ではまず作られない鉱物です。
つまり、この石は工場の廃棄物ではない。
自然の中で生まれた。
しかも、極端な環境で。
さらに分析が進むと、別の手がかりが現れました。
酸素同位体です。これは岩石の出身地を示す指紋のようなものです。
測定の結果、その石は隕石の仲間であることがわかりました。
しかも、太陽系が生まれたころの物質を残す炭素質コンドライトという古いタイプの隕石でした。
つまり、この小さな粒は46億年前の太陽系の物質だったのです。
しかし、謎はまだ終わりませんでした。
その粒の中には、もう一つの奇妙な構造が見つかっていたのです。
それは「準結晶」と呼ばれる物質でした。
普通の結晶では、原子は同じ模様をくり返しながら並びます。雪の結晶や岩塩がその例です。
ところが準結晶では、原子は整然と並んでいるのに同じ模様が二度とくり返されません。
この構造は1980年代に人工材料の中で見つかったばかりのもので、長いあいだ自然界には存在しないと考えられていました。
ところが今、その構造が隕石の粒の中に見つかったのです。
研究者たちは、この奇妙な石の歴史を考え始めました。
太陽が生まれたばかりのころ、宇宙には無数の小天体が漂っていました。それらが衝突すると、非常に高い圧力と温度が生まれます。
その後、物質は宇宙空間で急速に冷やされます。
この極端な条件の中で、アルミニウムや銅を含む金属が特殊な合金を作り、原子がくり返さない秩序を持つ構造として固定された可能性があります。
もしそうだとすると、この石の中には太陽系初期の巨大衝突の痕跡が刻まれていることになります。
もちろん、まだ解けていない謎もあります。
アルミニウムと銅は、普通なら同じ場所に集まりません。なぜこの隕石では一緒になっていたのか。
準結晶はなぜ安定しているのか。どんな条件で形成されたのか。
研究者たちはまだその答えを探しています。
しかし、一つのことだけははっきりしてきました。
この奇妙な構造は人工の偶然ではなく、宇宙が作り出した物質の形だということです。
繰り返すものを「正常」と感じ、繰り返さないものをどこか不完全に思う。そんな感覚を、私たちはいつのまにか身につけています。
けれど、太陽系が生まれたころの衝突の中で生まれ、46億年という時間を生き延びてきた物質の中には、決して同じ模様をくり返さない秩序がありました。
しかもそれは、博物館の箱の中で、長いあいだただの石として眠っていました。
もしかすると、私たちが「普通」と思っている秩序のほうが、宇宙の中ではむしろ珍しい例なのかもしれません。
足元の石の中にも、まだ気づかれていない秩序が眠っているのかもしれません。
参考文献:
Wolchover N. In a grain, a glimpse of the cosmos. Quanta Magazine. Published June 13, 2014.

紹介した論文の音声概要を、NotebookLMでポッドキャスト化してみました。あわせてお楽しみください。