飲んでないのに酔っ払い?―不思議な自家醸造症候群

飲んでないのに酔っ払い?―不思議な自家醸造症候群

 

ある日突然、飲んでもいないのに酔っぱらったような症状が現れる――そんな不思議な病気が実際にあります。

「オートブリュワリー症候群(ABS、日本語では『自家醸造症候群』とも呼ばれます)」という病気です。

実はこれ、海外の人気医療ドラマ『グレイズ・アナトミー』や『シカゴ・メッド』でも、その珍しさと興味深さから取り上げられたことがあるほど、現実味がありつつも不思議な疾患なのです。

 

ABSとは、腸内細菌が食物からエタノールを過剰に生成し、そのアルコールが肝臓で処理しきれず血液中に蓄積してしまい、お酒も飲んでいないのに酩酊状態になってしまうという病気です。

アメリカのカリフォルニア大学サンディエゴ校のベルント・シュナブル博士が行った研究では、ABSが疑われる48名のうち、実際に診断された患者は22名でした。

平均年齢は45歳で、やや過体重気味ではありましたが、肥満でもなく肝臓疾患もありませんでした。

 

患者たちがABSの症状を発症したときの血中アルコール濃度は平均136mg/dLで、これはアメリカの飲酒運転の法的基準値(80mg/dL)をはるかに超える数値です。

この疾患の診断には、患者さんにブドウ糖を摂取してもらい、その後の血中アルコール濃度の変化を調べます。

通常、健康な人であればブドウ糖摂取後にアルコール濃度が上昇することはありませんが、ABS患者の場合は腸内細菌がブドウ糖をアルコールに変えてしまいます。

この検査では、わずか4時間で73mg/dLという高い値に達したという結果も出ています。

つまりABS患者にとっては、ブドウ糖の摂取が逆に酔いを強める原因となるのです。

 

アルコール生成の原因となる細菌を調べるため、研究チームは患者とその同居人の便を採取し培養しました。

その結果、症状が出ている患者の便からは、同居人や症状がない時の患者に比べてはるかに多くのエタノールが生成されました。

詳しく分析すると、患者の腸内に普段から普通に存在するクレブシエラ・ニューモニエや大腸菌が多く見つかりました。

これらは誰の腸内にも存在する一般的な細菌ですが、ABS患者の腸内では特にアルコール生成能力が高まっているタイプである可能性があります。

なぜこうした違いが起こるのか、その詳しいメカニズムはまだ解明されていません。

 

治療法としては、患者それぞれの原因菌を特定し、まずそれに応じた抗生物質を使用します。

また、腸内環境を整えるためのプロバイオティクス(善玉菌)やプレバイオティクス(善玉菌を助ける食物繊維)の使用、さらに健康な人の腸内細菌を移植する糞便微生物移植(FMT)という方法も研究されています。

ただし、FMTを行っても一時的に症状が改善した後に再発するケースもあり、治療はまだまだ難しいのが現状です。

 

ABSは認知度がまだ低く、診断されずに悩む人が多い病気です。

シュナブル博士は、原因不明の慢性疲労や集中力低下が持続する場合、一度ABSを疑って血中アルコール濃度を調べてみることを提案しています。

 

自分の体内で勝手にアルコールが作られてしまうというのは、ただただ驚くばかりです。

こうした研究がさらに進展し、診断や治療が広く行き渡ることで患者さんたちの生活が少しでも改善されればと願っています。

 

参考文献:

Meijnikman AS, Nieuwdorp M, Schnabl B. Endogenous ethanol production in health and disease. Nat Rev Gastroenterol Hepatol. 2024;21(8):556-571. doi:10.1038/s41575-024-00937-w