心不全の治療では、長い間「水分を控えるように」と言われ続けてきました。
でも最近の研究結果がちょっと面白い方向を示しています。
オランダのラドバウド大学医療センターのローランド・ファン・キメナーデ博士らによる研究(FRESH-UP試験)で、安定した心不全患者に関しては、水分を自由に飲んでも安全性に問題がないことがわかったのです。
504人の患者さんを対象にしたこの試験では、1日の水分摂取量を1500mL未満に制限するグループと、自由に摂取できるグループに分けました。
すると、3ヶ月後に両グループ間で死亡率、入院率、急性腎障害などの重要な指標にまったく差がなかったのです。
さらに患者さんの生活の質(QOL)も評価されましたが、水分を自由に飲めるグループではほんの少し改善し、制限のあるグループではほんの少し低下した程度で、統計的に大きな差はありませんでした。
実は、摂取量の差は平均的にコップ一杯分(264mL)ほどしかなかったのです。
ところが、「喉の渇きの苦痛感」には明らかな差が出ました。
水分制限された患者さんは、有意に高い苦痛を感じていました。
ある患者さんは、夏の暑い日に水分を我慢しすぎて、「庭に水を撒くホースが羨ましくてたまらなくなった」と苦笑していました。
残り少ないスマートフォンの充電を気にするように、「このコーヒーを飲んだら、午後のお茶は飲めないかもしれない」と悩む患者さんも少なくありません。
今回の試験は比較的安定した心不全(NYHA分類のクラスⅡ~Ⅲ)の患者さんを対象にしています。
重症度が高いクラスⅣや低ナトリウム血症の患者さんは含まれていませんから、そういった方々の場合は慎重な対応がまだ必要でしょう。
ファン・キメナーデ博士は、研究を始めたきっかけについて、患者さんの素朴な疑問が出発点だったと語っています。
「どうして私たちはこんなに水分を制限されなくちゃならないんだ?」という患者さんの声が、この研究の原動力になりました。
水分制限に悩む方は、医師と相談してみる価値があるかもしれません。
医学の常識も、患者さんの声で変わっていくことがあります。
健康な腎臓は、優秀な交通整理の巡査のごとく、適切に水分を処理し、体の中の「交通渋滞(むくみ)」を防いでいます。
医学の進歩によって、心不全の患者さんの治療法や生活環境は着実に向上しています。
これからは、患者さん一人ひとりがより心地よく過ごせるよう、「生活の質」にさらに目を向けていければと思います。
参考文献:
Herrmann JJ, Brunner-La Rocca HP, Baltussen LEHJM, et al. Liberal fluid intake versus fluid restriction in chronic heart failure: a randomized clinical trial. Nat Med. Published online March 30, 2025. doi:10.1038/s41591-025-03628-4
